059-1
【はい、ええそうです。ああいえこちらから伺おうかとは思っていたのですが、言い訳になりますが、なにぶん立て込んでおりまして。
ええそうですね、いい機会ですからこちらから向かいます。場所と日時はどうしますか?
あ、はい。そこならわかります、ええ伺います。近日中にこちらからまた連絡します。
差しつかえなければなにかお茶菓子でも持参しますが――――
かしこまりました、では何か見繕って行きますね、ではよろしくどうぞ】
チーフが通話を切ると、白兎のレプスが誰からだ? と目線で尋ねる。
「私たちの創造主。と言うといささかニュアンスが違いますが、まあ近い存在ですね。
その方から今連絡がありました。『近いうちに会おう、伝えたいことがある』と」
「創造主に近い? それはどんなだ?」
「独身の女性ですね。年齢は……妙齢というにはまだ早いですね、調べたら30歳ちょうどでした」
「調べるって、
レプスの軽口にチーフは首を横に振る。
「普通にインターネットでですね。職業は――『アーティスト』とでもいうんでしょうか。
まず、私一人で行くべきですね。りおなさんとは……少々苦手なタイプのようですから」
「そうか……『創造主』ねえ、俺らの世界のもいるのかな? いるとしたら……どんなだろうな」
「答えそのものでなくとも、ヒントが得られるかもしれません。探りを入れる、というと語弊がありますが、それとなく尋ねてみますよ」
「そうか、まあ宇宙
コーヒーごちそうさんな、また来るぜ」
レプスはタクティカルベストを着けると、携帯電話を操作する。瞬時に真っ白い直立するウサギから人間男性に姿が切り替わった。
もっともその容貌は――――一応はスーツ姿だが、日焼けした肌に逆立てた髪は真っ白。白いシャツの裾はパンツに入れず、ジャケットも前が全開。おまけに頭の上にはサングラスを乗せている。
はたから見たら、繁華街にたむろする素行の良くない若者、もっと言うならバブル景気ごろよく見られたホストのようないでたちだった。
レプスを見送ったあと、チーフは板で作られた素朴な本棚に入れられた絵本を一冊手に取る。
――『エムクマとはりこグマ』、我々のカンパニーシステムの中核を担っているといっても過言ではない絵本です。
それ以上に――――
その作者の方ですか――興味以前に、やはり緊張しますね。
りおなさんには、隠し事は通じないでしょうから、説明した上で我々極東支部全員で出向きますか。
芹沢たち本社勤務組にも……伝えるべきですね…………。
◆
「らぁーかーらー、ぼぉくはれすれぇーー、せりざぁーーさんもそんけいしてますしぃーー、
とがしセンパイのこともーー、おんなしぐらいそんけーーしてんすよぉーー。
だのにーー、なぁんで二人は仲わるいんかなぁーー!」
――……なんちゅう酒グセの悪さじゃ、こんなんじゃったら車で表で待機してもらってた方がよかったかのう。
りおなは箸を止め、宴会場内でがなりたてている三浦に目をやる。
宴会場の座敷にはりおなたち一行のため、豪勢な食事が用意されていた。
「おおーー、やっぱしすごかねえー。お刺身にすき焼きに天ぷら。はーー、一回で食べきれるかのう」
りおなの祖母
もちろんエムクマとはりこグマも座敷に連れてきて一緒に座布団座らせている。
一応の責任者でもある部長が乾杯の音頭をとり、宴は静かに始まった。
りおなは大門よりこのはともみじと歓談していた。大門は特に異議も唱えず、おとなしく一人で黙々と食べていた。
宴会場が静かなのに不満を覚えた部長が、成人済みの櫻子と三浦にビールを勧める。
「あーー、ご
一方の三浦は最初は固辞していた。
が、それも始まってすぐのことで、ビールをコップ一杯飲み干してからはRudiblium本社内での気弱な様子はなりを潜め、部長相手にくだを巻き始めた。
「ぼくはねぇーー!? センパイがた全員を尊敬してるんすよーー!
だのにねえーー、なんでみんな仲良くすればーー、もっと連携とれて会社の運営もはかどるしーー。
五十嵐さんも
――失敗した。こいつの本性はこっちだったか。
部長はなりゆきとは言え、酒を勧めたことを非常に後悔していた。しかめ面で地元産の焼酎をちびちび飲んでいる。
りおなは仕方なしに助け舟を出した。
「あんなーー、チーフとセリザワは仲がわるいんやなしに、お互いのこと認めてるからこそ慣れあわんで、ライバル視しとるんじゃないかのう。
んや、りおなはまだ中学生やさけ、会社のこととか『
りおなが言い終わるよりも先に、三浦はりおなに近づいてりおなの両手をつかんだ。迷惑そうな顔をされているのにも構わず、両手を上下に振る。
「やっぱりりおなさんにはわかるんだーー! そぉなんすよーー! お互いにみとめあってるのは態度でわかるんすよーー!
んでねぇー? ぼくが言いたいのはーー、やっぱり憧れのセンパイたちにちょっとでも近づきたいんすよーーーー!!
認めてもらえなくたっていい、ぼくが、ぼく自身をみとめたい! じぶんをそんけいしたい! そぉれだぁけなんすよぉーーーー!!!」
三浦は言うだけ言うと、今度は畳に突っ伏しておいおいと号泣しだした。
りおなや大門はもちろんのこと、部長とこのはももみじもあっけに取られている。唯一泰然と構えているのは最年長の櫻子だけだ。
「りおな、三浦さんにこれ飲ましたげて」
櫻子から渡されたグラスを、りおなは三浦に渡す。
「三浦さん、これ飲むと気分代わるさけ一息に飲んで。ぐっとね」
「あああーーーー、はい……」
桜子に促され、涙でぐしゃぐしゃになった三浦は顔を上げた。グラスを一息にあおる。
口に入りきらなかった透明な液体が口から首、胸に伝う。
「……うーーん」
一声上げてまた突っ伏した。りおなはあわててグラスを取る。
すぐに高いびきが座敷に響いた。りおなは顔をしかめる。
このはともみじがしゃがみこんで指でつつくが、三浦は全く動かない。
「おばあちゃん,何飲ましたと?」
りおなが振り向くと、櫻子は焼酎の瓶の口を指で持ってぷらぷらさせていた。
仲居が
「ああ、どうもお騒がせしてます、すぐ片付けますんで」
部長と大門は三浦の肩と足を持って部屋に運んだ。
どうやら酔った客には慣れているのだろう、ホテルの仲居は特に驚く様子もない。
「おばあちゃん」
りおなの咎めるような目に櫻子は肩をすくめて舌を出す。
「でもおとなしくなったじゃろ」
「まあそうじゃけど、クマたちにもごはん食べささんといけんし」
「クマさんも器用じゃねえ、口開けんとごはん食べてる」
「ほんとだ」
このはともみじがクマたちの口に食べ物を近づけると、口は全く動いていないのに歯型状に欠けていく。
ほどなく満腹になったのか、エムクマとはりこグマは両手でお腹をさすりだした。すぐに部長と大門も戻ってくる。
「あらかた食べたねえ、じゃあみんなごちそうさましようか」
皆で合掌し席を立つ。
りおなたちは何人かの女性客と廊下ですれ違う。櫻子はその中の一人に声をかけた。
「あ、まあまあ、お久しぶりです。お元気でしたか? ええ、こちらから出向くべきでした。
ええ、お会いするんはほんとに久しぶりで。ええ、今日はお一人で。
りおな、今夜この人とちょっとお話しするけん、みんなと部屋行っててくれんか?
紹介します、私の孫でりおなと言います。中学二年生です。
それで、こっちの可愛い子ぉらが、ええっと『るぢぶりうむ』の皆川部長さんの孫でこのはちゃんともみじちゃん。
それでこの子ぉらがりおなが創ったエムクマとはりこグマ。
りおな、こちらがあーてすとさんの葉山敦子さん。あーてすとっちゅうか、漫画家さん? それとも絵本作家さんじゃったっけ?」
「いえ、ただのものかきでいいですよーー。こんばんは」
紹介された女性はりおなに一礼する。
一見すると20代のようにも見えるが、化粧っ気のない顔は非常に若くも見える。くりくりとした丸い目でりおなを見つめてきた。
「――――?」
と、今度はこのはともみじが抱えているクマたちに目をやる。今度はクマたちの目を見つめだした。
「このクマさん、エムクマとはりこグマでしょ? あなたがたの?」
双子は顔を左右に振る。
「いえ、だれのものでもありません」
「エムクマとはりこグマは、りおなさんが創りました」
その答えに、敦子はまた目を丸くするが、すぐにその目を細くする。
「ふぅん、そうか。いい子たちなんだね。ねえ、握手してもいいかな?」
双子は目を見合わせたあと、クマたちを敦子にそっと差し出す。
「はじめまして、エムクマ、はりこグマ。私は敦子っていいます。よろしくね。
りおなさん、あなたが創った人?」
「――――? は、はい。いちおうそうです」
「そうなんだ、よかった、いい人に創ってもらえて。今日は取材とか立て込んでるから今度ゆっくりお話ししましょう、それじゃあ、これで」
敦子は会釈したあとクマたちの目を見る。その様子は懐かしい友達に久しぶりに会ったようだった。
その後、敦子はりおなたちに手をひらひらと振って宴会場を離れた。
「おばあちゃん、あのひと知り合いけ? どこで知り合ったと?」
、
りおなの問いに櫻子はほろ酔いの笑顔で返す。
「あの人のことなら、私よりりおなの方がよう知っとるんじゃなかと?」
首をかしげるりおなに、櫻子は続ける。
「今は立て込んでるから無理やけど、今度正式に紹介するわ。
そのクマさんたち、『エムクマとはりこグマ』け?
あの絵本描いた作者さんが、あの人やけん」
こともなげに言い放つ櫻子。
それに対してりおなだけでなくこのはにもみじも目を丸くする。クマふたりは黙ったままだ。
「「「ええええええっ!!?」」」
りおなと双子の大声が温泉宿の廊下に響き渡った。
縫神戦姫《ほうしんせんき》ラグドールヴァルキリー 星村哲生 @globalvillage
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