• 現代ファンタジー

再録

オールドリトルガールアソートの試し書き再録

主人公くんとアイさんが出会った翌日です!

柔らかな日差しと、小鳥のさえずりで、目を覚ます。
……目に入るのは、使いなれた寝床じゃない。
見覚えのある天井じゃない。
確か……自分は化け物に襲われて、真っ赤な炎に巻かれて、そして……

そこで気づく。寝床の中にいるのが、自分ひとりじゃないことに。
何か、細くて柔らかくて温かいものを、両手で抱きしめていることに。
……抱き枕?
違う!
だって、抱き枕はこんな風にすべすべの肌をしていない。
心地よく鼓動をを刻んだりもしていない……!

「……おー、ようやく起きましたか? ぐーてんもるげん。」

という声に恐る恐るまぶたを開けて、視界に飛び込んできたものは。
銀色の髪、青い瞳。
ふっくらした唇をへの字に結んだ表情は困ったようなものだけど、小さなアンティークドールみたいな、かわいらしい女の子。

「――しゅ、しゅ、シュバルツクロイツさん?」

 アイ・シュバルツクロイツさん。
 葬儀の席で会った、おばあちゃんの友達だった、と名乗る女の子。
 見た目は小学生くらいにしか見えないのに、それはなぜか、自然と信じられて。

「アイさん、で良いですよ。長くて呼び辛いでしょう?」

 思い出した……

 バケモノに襲い掛かられて、もうダメだ、ってそう思った瞬間に、この人が助けに来てくれて、
 影の中から取り出した銃器や刀で、バケモノを鮮やかに吹き飛ばして、焼け落ちる家から僕を引っ張って、走ってくれて。

 そうだ。
 だからここは、昨日まで寝起きしていた、おばあちゃんの家じゃない。
 アイさんが昔日本に住んでいた時に使っていたという、西洋館だ。

 昨晩、ひとまず安全が確保されたところで冷静になって、ようやく自分が置かれてる状況を再認識して。
 ああ、これで本当にひとりぼっちになったんだって、
 もう、おばあちゃんいないんだって、改めてそう思ったとき。
 もう膝にも足にも力が入らなくて、せき止めていたものが溢れるように悲しくて、怖ろしくて。
 声を上げて、泣き崩れて……
 アイさんに、しがみついたまま……!

「……あああああああ!」

「うるさい」
 流石に恥ずかしさと気まずさで大声で叫ぶぼくを、アイさんは短く窘めて、小さな手のひらで僕の胸を押して、退けようとする。

「ほら、そろそろ離れてください。そ・れ・と・も? そんなに私の胸が気に入ったんですか?」
「ご、ごめんなさっ……!」
 あわてて身を起こし、飛び退こうとするのだけど、気ばかり逸って上手く寝起きの体が動いてくれず、
「あ痛ッ……!」
 斜めにベッドのふちにつこうとした手首を捻って、そのまま起きかけの上体は真下に……つまり、再びアイさんの、黒いゴシックドレスに包まれた薄い胸へと落下した。

「ふみゅっ!」
「す、すみませ……!」
「……なにやってんですか……はあ、もういいです、まだ、落ち着きませんか?」
「ええ……わりと……」
「……なら、ちゃんと起き上がれるまで、このままで我慢してあげます」
 しばし、そのまま、小鳥の声をBGMに、アイさんに顔をうずめたまま、気持ちが落ち着くのを待つ。

「あの……なんで……アイさんは、助けてくれたの?」
「……ええと、きみが私にとってむかしのともだちのたった一人の孫だからですけど。何かそれ以外に理由って必要ですか?」
 見た目はランドセルを背負っていそうなアイさんと、おばあちゃんとの間に、どんな交流があったのか、判らないけど。
 アイさんが、本当におばあちゃんのことを、大切に思ってくれていたのは確かみたいだ。

「……あんまり、泣かないで」
 そう、昨日も、このひとに叱られたんだっけ。
 幼い貌で、幼い声で、大人びた口ぶりで。
「泣きたいのは私もですよ、私だって何人もいないともだちが、一人いなくなったんです。……また会おうって言ったのに、死んじゃうなんて!」

「昨日は冷たく言ってすみませんでした」
 僕の背中をぽんぽんと叩きながら、アイさんはぽつりとつぶやいた。
「そうですね、身内がいなくなって、まったく悲しくないと言うのもどうかと思いますので、今日一日くらいは泣いてもいいです。はい」

 少し意地悪な、皮肉っぽいものだけど、声は優しかった。
アイさん
「いまさら恥ずかしがらなくていいですよ。きみの情けない泣きっ面は、昨日さんざん見せてもらいました」

「しゃきっとして、笑ったり喋ったりしてくれると、私も腹が立ったり、寂しかったりしないで済むんですけどね?」
「……寂しかったり腹が立ったりしない……嬉しいってことですか?」
「そうともいいます。……すみませんね」
 私はどうしても、こういうしゃべり方になっちゃうんです。
 と、付け加える。

「ほら、そろそろどいてください。私はきみの朝ご飯を作ってあげないといけないのですよ」

 ……今日はもう、泣かないで済みそうだった。

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