「読んだ人間を衰弱死させる呪いの本」の都市伝説を追う蓮太郎と
いつになくよそよそしく、
「これはわしが追う。そなたは首を突っ込むな」と冷たく告げるリリスちゃん。
かと言って放ってはおけず、「本」の「複写」と「原本」を抑えるものの、破棄直前でそれはリリスちゃんに奪われてしまう。
リリスちゃんなら、骨董コレクションとして保管したいだけかもしれない。
そう酷いことにはならないはず。
事件は解決。
と思うのだが……
「こんな馬鹿な!これは、内容をプリントアウトしただけのもののはずなのに……!」
「お、面白い、面白いィィィ!ページをめくる手が、行を追う目が止まらないィィィ!」
「よ、読むのをやめろ警部さんっ!様子がおかしい!」
「そ、それが止められないんだ!こんな小説、数ページで飽きちまうと思ったのに……アアア……幸せだ……こんなすばらしい物語を読めて幸せだァァ……!」
「〈呪いの本〉などという非科学的なものではない。
こいつの正体は、ヒトの脳の働きに作用する文章。……そのテキストデータ、なのじゃ」
もともとそれは
「文章で、物語で人を幸せにする」
ことを目的として、その理論を発展させるために、反対の作用を研究する過程で作られた物。
「音楽なら音程やリズムで、絵画なら色彩や比率で、人間の脳に「心地よい」と感じさせることはできるじゃろう?」
「……なら、文章で、なら?」
「〈ひとを幸せにする小説〉は編み得るか?
反対に〈ひとを虜にしつつ滅ぼす小説〉は?」
産み出されたのは、
奥深く壮大な世界観と波瀾万丈のストーリー。
ウィットとユーモアに富みつつ、格調高い言葉の選び方。
恋愛感情すら引き起こす魅力的な登場人物たち。
儚く、物悲しく、けれどぞっとするほど美しく愛おしい。
長い歴史を持つ王国が滅び去って行く、その最後の1日の物語。
その名、「ワールドエンド・フェアリーテイル(せかいのはてのおときばなし)」
「あらすじは……おもしろそうだね……?」
「読むなよ、絶対読むなよ」
「わしやレンがいた百年前なら……原本と書写本、少数印刷されたものさえ葬れば良かった。
文章を電気信号に変えて送るなど、一握りのものしか理解も想像もしなかった、じゃが……」
「紙の本でなくても、こいつは、デジタルデータだけでもひとを殺せるんだろう?もし〈電子書籍〉としてばら撒かれたら……!」
それに思い至った時には、
プリントアウトした一部が、インベーダーの手に渡っていた。
「……恐ろしいのはこのテキストだけではないぞ?」
「どういうこと?」
「……読んだら死ぬ文章、が現実に存在するとしたら、そしてそれが何処に混ぜ込まれているかわからないとしたら……どうなると思う?
人間は、「読書」を「文字」を、そこから得られる「知識」や「学び」を、恐れ、嫌悪するようになる」
「……なるかなあ?」
「なるなあ……百年前は、庶民には読み書きも覚えさせたくないという権力者はおった、
文字を知らねば踏み躙られるだけだと言うのに、文字や書など身に付けたくもないと吐き捨てる庶民もな。同じヒトのやること、極端に走るものはいくらもおるじゃろうよ」
「文字の否定、学びの否定、それはわしが最も嫌悪する……浪漫を踏み躙る行為よ」
「この〈本〉を仕舞い込んでおくだけならよいかとも思ったが……万に一つ、億に一つ、は見過ごせん」
一本のマッチを擦って火を起こし、
リリスちゃんは〈原本〉を火中に投じた。
「テキストデータそのものを、復元もできんよう完全に破壊する」
そのためにリリスちゃんが用意したのは
「人間の意識そのものを一時的にデジタルデータ化し、電脳空間で活動を可能にする装置」
「マインド・デジタライザー!」
電脳空間に黒鉄丸は持ち込めないが、その自立稼働プログラムを繋いで稼働させれば、電脳空間内で身を守り、呪いを砕く盾とも拳ともなるはず……ということだったが……
「わかった、今すぐ行くよ!」
とヘッドギアを被ろうとする蓮太郎に
「いや……わしが行く」
制するリリスちゃん。
「電脳空間は、まだ解析できておらぬ、何が起こるかわからない危険なところじゃ」
少し考えてから蓮太郎は答える
「やっぱり僕が行く。……リリスちゃんに、これやらせたくない」
「……蓮太郎!」
「だって……!これ書いたの、リリスちゃんの昔の知り合いなんだろ?」
「それ考えたら……やっぱり、いやかなって」
「ええい……わしが気まぐれを起こせばそなたは永遠に電脳空間の迷子じゃ!
それを忘れるな!」
〈デジタライザードライブ
ゲート・イン!〉
“は は は は
は は は は!”
けたたましい洪笑。
……として音声に変換されて聴覚をつんざきながら、電脳空間内で襲いかかってくる「魔書」のテキストデータ。
擬似的に黒鉄丸の主観に重なることで対峙する蓮太郎。
不完全ながら魔書の効果を中和する、無意味な単語の羅列で編まれた防御テキストで身を守りつつ戦うものの、接触する事で侵食され窮地に陥ってしまう。
(黒鉄丸の表面に文字が焼き付けられるイメージ)
「くっ……!」
侵食された全身にノイズが走り、ついにヒザをついてしまう黒鉄丸(蓮太郎)
その時、青銀の閃光が電脳空間を駆ける。
「……遅くなりました、蓮太郎、黒鉄丸」
「フェンリルちゃん!……って、喋ったぁ?」
「私はもともと、半自律思考型です」
「蓮太郎!聞こえるか!いまそちらにフェンリルちゃんを……フェンリルちゃんの機動プログラムを送った!」
「加えて、ふたつのプログラムを直列させ、パワーを相互循環の上で増幅倍化できるよう措置しておいた!……つまり……まだプログラム上だけではあるが〈二体を合体させる〉という形になる!」
「合体って……どうすればいいの!?」
「獣帝合体、と叫べ!」
「やってみる!」
「「ーー獣帝!合体ぁぁぁい!!」」
一度分解されたフェンリルちゃんのデータが、
追加装甲と増設肢として全身を鎧い、その爪牙が拳となり、最後に狼(大神)の頭部を模した冠が、光と共に咆哮を放って電脳空間を震わせる。
超合身鐡人ーー獣帝黒鉄丸!
黒鉄丸に対抗するために、己を消されまいと懸命に抵抗するテキストデータ。
〈本〉そのものが殺意の汚濁を纏い、鋭利な刃と鋼針を全身に纏った怪獣の姿ーーに見える形に姿を変えて、先程までを更に上回る圧力で〈呪殺テキスト〉を吐き出して荒れ狂う。
が……
その抵抗も、合体を果たした〈獣帝黒鉄丸〉にはもはや通じない。
圧縮され浴びせかけられる〈呪殺テキスト〉そのものを無意味な文字の羅列に分解して弾き返し、世に放たれれば空前のベストセラーにして絶後の大量殺人事件をもたらしたはずの名文の群れを、拳の一撃一撃が、チラシの裏の駄文以下に貶めてゆく。
「……ごめん」
「おまえは、〈作り話〉で、〈物語〉で人を救うために、その過程で作られたんだって、な」
「でも……」
「おまえは、もうこれ以上、誰の目にも、触れちゃ、いけないっ!」
……自分以外は誰もいない電脳空間で、
蓮太郎はひとり、微かに涙する。
「……獣帝剣!ラグナロク斬りぃー!」
フェンリルちゃんの尻尾のブレードを連結した大剣が、真一文字に〈魔書〉のデータを叩き切り……
細かな電子の粒と化した、その僅かな残滓を、電脳空間のノイズデータとして四散させた。
……終わったよ。リリスちゃん。
戦いは終わり、無事現実空間に帰還を果たした蓮太郎を、リリスちゃんが出迎える。
「よーしよしよし、よくやった!
ぶっつけ本番の合体にしては上上。
見よあの有様を、木っ端微塵ではないか!
しかしこの勝利はわしあってのものと忘れるでないぞ!
ひゃーっはっはっは♡
やっぱりわしって天才美少女よのう♡」
「……ねぇ、リリスちゃん」
「ほれ、早う涙を拭かんかみっともない。
わしは……わしはあっち向いててやるから、早くせーよ♪」
「……リリスちゃん」
「…………っ」
「僕……あの小説は読んでなくて、あらすじだけしかしらないんだけど」
「……それが……それが、どうかしたか?」
「だから、だから絶対同じものにはならないと思うんだけど。
……僕……小説、書いてみる」
「……そなたがぁ? ……確かそなた、国語の成績だって普通だったじゃろ」
「それでも、勉強して書いてみる。リリスちゃんにくらいは、面白いって言って、笑って読んでもらえるように、書いてみる」
「……ハハッ!」
リリスちゃんは、ハムレットのように大仰な身振りで振り返り……
「そうか!それは……それは良い!それはい良いなぁ!やって見せよ!」
と、底抜けに明るい声で告げた。
夕暮れ、帰宅した蓮太郎は、学習机の上にノートを開き、400字の原稿用紙を広げて、一文字目を記し始める。
タイトルは……
(おわり)