土蔵の奥から出てきた、ひいおじいちゃんの書き残した文書と地図。
格調高い文章と意味深な慣用句に翻弄されながら、ここがゴール地点だよ!と、ばかりに記されたスマイルマークに隠されているのは、隠し財宝か、黒鉄丸を強化するのに役立つ何かか、はたまた恐ろしい国家機密か……?
リリスちゃんとの文書争奪戦の末に、一時休戦し、協力して地図を頼りに隠し場所を目指して山間の風光明媚な田舎村に旅立った僕たちは……祝日と土日を費やして、山を登り川を降り、温泉宿に泊まり、地産の名物料理に舌鼓を打ち、夜は卓球に興じ、寝起きのリリスちゃんのしどけない姿にドキドキしたりの、財宝を狙う謎の一団と戦ったりの冒険の末……
ついに、財宝(かどうかわからないんだけど)の隠し場所にたどり着いた。
「ううっ!ここまで苦労したのうレンタロー!」
「大変だったよね!」
ひしと抱き合うぼくとリリスちゃん。
「……いや、割と呑気なオリエンテーリングと温泉旅行だった気もするんだけど。
リリスちゃん山菜混ぜご飯を丼で平らげた上鮎の塩焼きを3匹も食べてたし」
「うるさい、美味しかったのじゃから仕方ない。そなたこそデザートの地卵プディングをおかわりしとったではないか。……お子様め!」
「しょうがないだろ実際こどもなんだし!」
……まあ、雰囲気雰囲気。
リリスちゃんが一緒に来てくれなかったら、僕だけで二泊三日の旅行なんて許可してもらえなかったしね。
そして、土の中から掘り出した行李の蓋を開け、その中の文箱に手をかけて、そこで手を止める。
「どうしたレンタロー、早く開けぬか!」
……ここまで一緒に二泊三日の旅をしてきたリリスちゃんとも、これを開ければまた敵同士。
この中身次第では、さっそくこれを奪い合って戦わなくてはならない。
「…………」
特に意識したわけではないはずだけど、手が止まってしまう。
……登り坂でバテそうになった僕の手を引いてくれたリリスちゃん。
「しっかりせよレンタロー! このくらいで音を上げてどうする!」
仕掛けてあった罠から、僕を庇って押し倒してくれたリリスちゃん。
「危ない!伏せよ!」
埋まっているのが恐ろしいものだったらどうしよう、僕たちが間に合わなくて悪いやつの手に渡ってしまったらどうしよう、と不安になった僕を励ましてくれたリリスちゃん。
「その時はその時じゃ!この天才リリスちゃん様に、恐れるものなどない!」
……ボートがひっくり返って、急流で押し流されそうになったのを引っ張り上げてあげたリリスちゃん。
「のじゃーーーーー!」
……残り一個の大粒イチゴを、取っ組みあって奪い合ったリリスちゃん。
「そなたはさっきひとつ大きいの食べたじゃろうが!年長者に譲るのじゃー!」
……なんか
〈まあいいか〉
という気になってきたな。
「……よし、開けるよ」
「うむ!」
そして蓋が開き、一番上に収められていた封書の中身に目を通して……
ぼくたちは、顔を見合わせ、それから頭を抱えた。
「あ……あ……!」
……ひいおじいちゃん……
あなたってひとは……!
「あの……腹黒野郎めえーーー!」
以下、
ひいおじいちゃんの置き手紙の文面である。
〈超一流の名探偵である僕の推理によると、これを読んでいるのは僕の子孫だと思われる。
大体日付は〇〇年の〇〇月〇〇日くらいじゃないかと思うけど、合ってるかな。
あと、1人じゃないよね?
黒鉄丸と、ん、推理すると、そこにいるのはドクター・モルドールだね?
相変わらずかわいいな!
……本題に入ります。
僕の手紙と地図を頼りにここまでたどり着いた知恵と行動力、勇気をまずは賞賛します。
おめでとう。ぼくが褒めるんだから君たちは大したものだよ?
さて、ここまで来るために力を合わせ、苦難を乗り越えてきた君たちには、大切な思い出と、かたい友情が生まれていると思います〉
まさか……
まさかこれは……
〈その思い出と友情こそが、本当の宝物と呼ぶべき、人間が尊ぶべきものです!
(バァァン!)
ふっ、決まった。〉
「な……なっ……ふぐっ……グスッ……!」
まだ……続きがあるよリリスちゃん。
〈だけでは、流石にドクターが怒り狂うだろうし、僕の子孫も納得いかないと思うので、僕個人のポケットマネーから、些少ではありますが、ここまでの手間賃と値打ちのありそうなものをここに秘しておきます。
(悪いけど本当に些少だよ!あんまり奮発すると奥さんに怒られちゃうからね!)
僕の理想を受け継ぐ子孫の君。
平和と正義、そして浪漫の為に元気で頑張ってくれたまえ。
ぼくも草葉の陰から応援しているよ。
怪我や病気には気をつけること。
できれば、時々はドクターと仲良くしてあげてくれ。ああ見えて寂しがり屋だから。
それじゃあね!〉
……手紙の下には、まあ謙遜してた割にはそこそこの額、と言っても一度食事でもしたら消えてしまいそうな現金。
それなりに骨董としての値打ちはありそうな腕時計が仕舞い込んであった。
「あ……あはは……腕時計は僕がもらおうかな。ひいおじいちゃんの形見って黒鉄丸くらいだし……リリスちゃん、お金、持って帰る?」
「いらんわ……!このDr.モルドール、施しは受けん……!」
綺麗な子供服に泥が付くのも構わず膝をついて項垂れるリリスちゃんの、押し殺したような声になんとも言えない哀愁を感じながら、ぼくは深く深く、ため息をついた。
エピローグ?
山を降りて、川を下って、村の外に通じるバス停留所で、帰りの便を待ちながら、
Dr.モルドールことリリスちゃんは、古ぼけた紙の一片を手にしていた。
蓮太郎も黒鉄丸気づかなかった、文箱の下の、貴重品入れのさらにその下の二重底に挟まれた。もう一枚の手紙、である。
〈我が親愛なる宿敵、Dr.モルドールへ〉
「……ふん、何じゃもったいつけおって」
〈君は気づいていたかもしれないけれど、……本当はこの村にあったのは、この地に自生しているハーブの成分を使った、
……毒ガス生産工場です〉
「……そんなこったろうとおもったのじゃ」
〈残しておくと禍根になると思い、既に製造プラントは僕が完全に破壊しておきました。
残ったハーブは、蒸留し精製しなければ有毒にはならず、自然に自分の毒で枯れ死んで無害な成分に変わり、土壌を肥やしてくれます。
……山の幸も川の幸も、麓の郷で育った鶏もおいしかっただろう?〉
「……性格の悪いやつじゃのう……」
〈そんなわけで、こうして手がかりを残しておけば、その時の組織の残党は僕の仕掛けたトラップにかかるか、君たちに撃破されるものと思いこうして文書を残しました。
結果的には少しだけ騙すような形になってしまったことは、一応謝っておきます。
「騙すようなかたち、じゃないのじゃ!騙してるじゃろ100%、パーペキに!」
〈君のむくれた顔が目に浮かぶようだよ、ドクター!〉
「……本当に……どっかで盗み見とらんじゃろうな……!」
〈最後に、もう一つだけ〉
「何じゃ、まだ続くのか?」
〈……楽しかっただろ?ドクター〉
「……ふん!」
短く吐き捨てると、Dr.モルドールは、書き付けを八つ裂きにしようと、手のひらで懐紙を握りしめ……
思い留まって、小さく折り畳んだそれを、懐に仕舞い込むのだった。
〈おわり〉