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エッセイ用資料:広形銅矛 (出雲の国譲りは史実か?)

 昨日(11月30日)出雲の国譲りネタがNHKの「歴史探偵」で放送されていたので便乗します。勿論歴史探偵で大筋の説明を省略していた古事記の該当記事も原文から載せています。

 東京国立博物館日本考古特別展「北九州の青銅器文化」に展示されていた広形銅矛。

 2012年11月24日、特別展「出雲―聖地の至宝」を観に行った時に出雲の銅矛は撮影が許可されていなかったので、代わりにこちらを撮影しました。

 出雲出土の銅矛じゃないですが、銅矛で撮影したものがこれぐらいしか無かったのでお許しを……。

・『古事記』『日本書紀』から学ぶ日本古代史学習エッセイ
出雲の国譲りは史実か?
https://kakuyomu.jp/works/16816452219091770654/episodes/16817330647822297287

2件のコメント

  • タケミナカタは信濃の諏訪大社の御祭神ですよね。父は大国主命ですが、母は奴奈川姫

    この「ヌナカワヒメ」のヌナカワは糸魚川市の姫川のことで宝石の川の意らしいですが、「渟名川」とも書きます。
    神渟名川耳天皇とは、第二代綏靖天皇ですよね。

    なぜ天皇が、越の国の王を名乗っているのか不思議です
  •  大変ためになるコメントありがとうございます。

     本ノートのリンク先の記事に掲載させて頂きました様に、タケミナカタに関しては諏訪から出てはいけない事を大和朝廷が利用してオオクニヌシの系譜に組み込まれてしまったという、神話学研究で著名な松前健氏の説がありますね。

     エッセイが歴史学中心なので、神話的な話は極力避けていたのですが、いずれ機会があれば詳しく調べていきたいと思っています。

     津田史観的には第14代仲哀天皇以前の存在や事績は否定されている事や、当方も『上宮記』逸文により辛うじて存在を信じて良いのは第11代天皇垂仁天皇以降かな、と思っていたので、正直欠史八代には詳しくないので、その視点は無く、勉強になりました。

     素人的な予想で恐縮ですが、記紀の基礎文献である『旧辞』に基づいた記事が顕宗天皇までで終わっている事から、『旧辞』が書かれたのが継体天皇あるいは近い時代という歴史学者(確か津田左右吉?)の説に基づいて考えると、越の国の王であった継体天皇の時代に作成された天皇であり、それが『帝紀』に反映されたのかも知れません。
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