わたくしは町内にございます「ごはん屋」さんで、遅い夕餉をいただいております。
連日の寒風ですっかり冷え切った身体には、ご主人さま特製の豚汁定食はなによりも美味しゅうございます。
「つばきさん、今夜も深夜徘徊かい。寒いのにご苦労なこったな」
紺色の作務衣の上に白い和風前掛け姿のご主人さまは、「これは店からのおごりだから」と、わたくしの座るカウンターにふろふき大根の小鉢を置いて下さいました。
お出汁がしみた大根から、温かな湯気が立ち上っており、わたくしはニンマリと微笑みます。
「おこんばん、は~っと」
お店の引き戸を開けて、お客さまがいらっしゃいました。
ま!
あの目の痛くなるようなグリーンの蛍光色に、黄色いペイズリー柄のスーツは!
「おや、ディーンさん。いらっしゃい」
「おじゃま、いたしや~す~」
忘れもしませぬ、この粘着質な声。
スーツと同じ柄のチロリアンハットに青いレンズの丸メガネ、にやけたお顔には無精ひげ。
そして琵琶を背負ったこの気色の悪い殿方こそ、「平成の琵琶法師」であるディーン胃腸ヶ峰さま。
以前夏にこのお店で“平家物語”を謡われ、地縛霊や怨霊を呼び集めた忌なる流しの琵琶法師よ。
「一曲、いかがでごぜ~やしょう」
「いえいえ、もう“平家物語”はコリゴリでござ」
「そうだ、ディーンさん。“浄瑠璃姫物語”なんてどうかな」
ご主人さまは、わたくしの言葉をさえぎられてリクエスト。
は?
じょ、“浄瑠璃姫物語”?
「ようごぜ~ますよぅ、よぅ~っとぉなぁ」
わたくしは何がおっ始まるのかと、手にした箸を握りしめます。
「はぁぁぁっ、れいの花ものまへ~、からのこ御しよを~、しのび出ぇぇ~っと」
謡が始まりました直後でございます。
エアコンから吹き出ておりました温風が、あれよあれよと温度が下がり、夏場の冷気よりもさらに低い冷気に変わっていきます。
「大かたどのにぃぃ~、まいりつつぅぅ~」
べんべん、と琵琶がなりましたところで、もはやここはシベリアかアラスカ?
カウンターの上で湯気を立てておりました豚汁にふろふき大根が、見る間に凍り付いていきます。
ええ、わたくしは雪山で遭難したように震えております。
そのとき、でございます。
ガラガラと引き戸を開ける音とともに、「チ~ッス!」と軽薄なご挨拶とともに、どなたかがいらっしゃいました。
「なんだかオレっちが呼ばれてんじゃ~ん、と来ちゃったよ~ん」
その御仁は、長い銀髪をおっ立て、お顔は白塗り、目の周りには青い隈取り、口元には真っ赤なグロス、鋲を目いっぱい打ち込まれた革ジャンを着ておられます。
ひと昔前のビジュアル系バンドのメンバー?
「おっ、“浄瑠璃姫物語”じゃんかよう。なっつかしいなあ。
オレっち、この謡がヘビーメタルの次に好きなんだぜい」
ご主人さまはディーンさまの謡に耳を傾けられながら(まったく寒さをお感じではないみたい……なにゆえ?)、カウンターを指さされます。
「わりいねえ。じゃあ、ちょっくら聴かせてもらってっかなあ。
あっ、こう見えてオレっちも忙しくてさ。
なんつうても、オレっちは冬将軍さまだからさ。えへへ」
「このよしかくぞとぉぉ、つげ申すぅぅぅ~っっとぉ」
え?
冬将軍?
このちゃらいアンちゃんが?
わたくしはあまりの寒さで、そのまま意識が遠くなっていきました。
ハッと気づくと、お店の中にはご主人さまとわたくしだけでございました。
あれは夢だったのかしらねえ。
ご主人さまが奥で洗い物をなさっておられる間に、カクヨムさまをチェックいたします。
店内は快適な温かさですわよ。
あ、「絶対に、その家だけはやめておけ!」にレビューをいただいております!
一矢射的 さま、
いつも大変お世話になっております。この度もお時間を割いてくだすって、誠にありがとうございます! キャラクターが魅力的だなんて、嬉しい♡ 以前に激励のお言葉を頂戴し、なんとかご覧いただけますように改稿いたしました。社会問題はきっちりと描けておりましたでしょうか。
前回よりも、ちょっぴりグロな場面を挿入いたしました。お食事中にはもちろんお目通しいただけぬ物語に仕上がりました☆
心より御礼申し上げます♬