「お乗りなさるのかのう」
運転手さまはお顔を少しプルプル震えさせながら、振り返りおっしゃいました。
きっちりと運転帽を頭にのせ、紺地の制服にネクタイまでしておられます。
ええ、みなりはちゃんとされておいでなのです。
でもお顔は年季の入ったシワに埋もれ、顎や頬には剃り残された白い髭が何本か伸びておられます。
相当お歳を召されているのは、一目瞭然。免許はむしろ返納されるお歳では?
ただわたくしは他にタクシーもないことから、恐々シートに腰を降ろしました。
まさかプロに向かって「運転は大丈夫かしら」などと失礼なことは言えず、わたくしは屋敷の住所を告げました。
「はぁ、はぁ、うろ覚えじゃが、なんとかなりますじゃろ」
運転手さまはハンドルを握られました。
「え~っと、運転手さま。これって円タクとかって呼ばれるタクシーですわよね」
「へえ、さようでございますのう」
「ってことは、距離に関係なく、マジに1円だけ?」
「マジに、その通りですじゃ」
やりい! とぬか喜びしていいのかしら。ガソリン代にもなりませぬわよ。
スイスイと走るクラシック・カーのタクシー。これなら三十分かからずに屋敷へ帰還できますわね。
しばらくして。
「お客さん、ちとお尋ね申す」
「えっ、何かしら」
「お客さんは、生命保険はご加入済みかのう」
せ、生命保険? なにやらイヤ~な予感が。
「も、もちろんですわ。って、なにゆえのご質問かしら」
老運転手さまは、こともなげにおっしゃいました。
「なになに、大したことではござらんがのう。ちと、ブレーキがまったく効かんのじゃなあ。フエッフエッフエッ」
ハッ! ブレーキが、効かない? エエ~ッ!
「さっきまでは、ちゃ~んと効いておったんじゃがのう」
「いやいやいや! そんな悠長なこと言ってる場合じゃありませぬわよ!」
「わしがちいと下にもぐって点検いたしますのでな。申し訳ないんじゃが、シートをまたいで運転席でハンドルをお願いできんかのう」
「下にもぐるって、この車、今時速六十キロで走行中ですのよ!」
「いやあ、たまにあるでのう。わしゃあ、慣れっこじゃで大丈夫じゃあ」
わたくしはドアを開けて外へ出ようとする運転手さまを、後部座席から必死に止めました。
結局ガソリンが切れるまで、ノンストップで走ることで合意いたしましたの。
さすがに大ベテラン。
隣町から我が町内まで、裏道という裏道を駆使し、信号や一時停止の標識に引っかかることなく、時速百二十キロで突っ走りました。早くガソリンを消費するためだそうです。
我が屋敷がようやく見えたあたりで、プスン、プスンとエンジンが音を立てて、なんと屋敷の正門前で燃料切れで停止いたしました。
う~ん、プロ、でございます。
はい、十時間以上飲まず食わず、お手洗いも我慢しておりました。
運転手さまはJAFをお呼びになり、車を牽引してもらいながら隣町へお帰りに。
確かにお代金は、1円ぽっきりでございました。
やはり安ければそれなりにリスクがある、ってことでございます。
やれやれと安堵感の中、わたくしはカクヨムさまをチェックいたします。
あ、な、なんと拙作を続けてご覧いただいておりまする!
愛宕平九郎さま、
どうも初めまして! ご多忙の中にも関わらず、「みかんをのせた、もっちん」、「カクヨム・パラレル・ワールド」、「面妖な金属男」そして「予想外な涼ノ宮兄弟」までお目通しくださり誠にありがとうございます!
しかもご丁寧な応援コメントに、お★さままで頂戴いたしまして、つばきは大感激でございます♪
同じ書き手が紡いだとは思えぬ内容に、ドン引きされませんでしたでしょうかしら。
心より御礼申し上げます♬
今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます!