『町内電鉄』、これはわたくしの住む町だけを走る電車でございます。
環状線として広い町内を早朝から深夜まで、五両編成で走っていますのよ。
「つばきちゃん、早く早くっ」
「ああん、閻魔、いえ、イリアママ~、お待ちにくださいまし~!」
わたくしは改札口に向かってオネエ走りする、イリアママを追いかけます。
今日は地獄のオフ日ということで、イリアママと二人で紅葉狩りに出かけるところでございます。
プラットホームに、ファ~ンと警笛を鳴らして電車が入ってまいりました。
平日といえど、町内に住まう大勢のかたが並んでおられます。
「いやねえ、皆さんいったいどこへ行くのかしら。よもや全員紅葉狩り?」
「それはないと思いますわよ」
イリアママはいつものショッキング・ピンクのタンクトップに、真っ赤なスパッツをお召しでございます。
そして当然のように、女性専用車両の停まる位置にお並びになりました。
「え~っと、イリアママ? ここは女性専用ですゆえ、あちらに並びませぬと」
「なにおっしゃって、つばきちゃん。アタシたちはここでいいのよ。
殿方と一緒の車両に乗ってみなさいな。アタシたちのようなフェロモン全開の乙女は、アッと言う間に殿方の理性を狂わせちゃって、痴漢され放題よ。
むむっ、それはそれで嬉しいかもぉ、うふふ~ん」
いやいや、フェロモン全開って。わたくしなど確かに皆さまが振り返られる器量よしでございますけど、イリアママの場合は逆に居合わせた殿方がおかわいそう。
それならば、とわたくしたちは女性専用車両に乗り込もうといたしました。
その時でございます。
「マッ! なんザマス、このド派手な髭もじゃオヤジは!
ちょっと、アアタ、ここは女性専用ザマスのよ!」
この粘着質な爬虫類のような声で叫ぶのは……ああ、なんということでございましょう。
町内婦人会会長さまと、取り巻きの奥さまたちがわたくしたちの後ろから乗り込もうとしておいでだったのです。
「あら、承知しておりますのよ、樽三段重ねのオ・ク・サ・マ」
「キ~ッ! 言うに事欠いてこのオヤジ~!」
イリアママと婦人会長は鬼のような形相で、こぶしでポカポカと叩きあいだします。
わたくしと取り巻きの奥さまがたは、ただオロオロと見守るばかりでございました。
ようやっと駆けつけた駅員さまが仲裁に入られた途端、お二人のホコ先が何故か駅員さまに向けられ、殴るわ蹴るわでボッコボコにされてしまいます。サンドバック状態なのです。
「な、なかなかやるザマスわね」
「ハアッ、ハアッ、奥さまこそ、お見事ですわ」
お二人はガッチリと固い握手をされました。
憐れなのは駅員さまでございます。なんでも全治二ヶ月の全身打撲だったそうです。
それからしばらくして、町内鉄道には女性専用車両のほかに、『オネエ専用車両』なるドン引きしそうな車両が導入されましたの。
なんでも婦人会長さま御自ら、“必殺!”と書かれた鉢巻に何本もの包丁を差し、手には本物の日本刀を握りしめ、電鉄会社に乗り込んだそうです。
で、嫌がる経営陣たちを正座させ、有無を言わせず承諾させたとか。
これでイリアママとお出かけいたすときには、気兼ねのう電車に乗れるようになりました。
ただいつも結構な混み具合。
我が町内にはオネエさまがたが、相当おいでになったようでございます。
了