『「アアッ!」
ガラガラガラッ!
土砂の崩れる音と重なり、女性の悲鳴が上がった。
「みっ、みちる~っ」
断崖絶壁の岩肌をようやく登りきった男は、叫びながら振り返る。
そのやや長めの髪を風が巻き上げた。
男の着衣はこの長旅ですっかり擦り切れ、土や自身の脂でボロキレのようになっている。
だがその顔立ちは、ギリシア彫刻のように整っていた。
まだ若い男は、組織を共に裏切った女性と逃亡中であったのだ。
男は登りきった崖の上に腹ばいになり、必死の形相で土壁を見下ろした。
まさか、まさかここまで来たというのに、みちるは。
カラン、小さな岩の欠片が転がり落ちる。
よくこんな岩肌を、登山道具なしに登ってきたものだ。男の眼下には吸い込まれそうな谷底が映る。
「みちる、みちる~っ!」
おとこの瞳に、ブラ~ンと人間の手が見えた。
「みちる! 大丈夫かっ!」
男は危険を顧みず、さらに身を乗り出す。
谷底へ転落したと思われた女性が、岩肌のでっぱりにかろうじて片手でつかまっていたのだ。
「わ、わたしはもうダメよっ。あなただけでも、逃げて!」
みちると呼ばれた女性が顔を上げた。男とさほど変わらぬ年齢であろう。
顔にはすり傷やアザの痕が痛々しく残っているが、その美しさは損なわれていなかった。
「バカな! 助けるから、頑張って堪えてくれ」
男は落下すれすれまで上体を宙にせり出し、思いっきり手を伸ばす。
だが、みちるのつかまるでっぱりには届かない。
「クウッ」
男は風に巻き上げられる髪を首をふって払いながら、歯を食いしばって腕を突き出す。
みちるの空いている手が伸びる。だが届かない。
その距離はわずか15センチ。
男は限界ギリギリまで身体を壁の斜面にはわすが、その距離は埋まらなかった。
どうする、どうしたらいいんだ!
男は必死に頭を働かした。当然ロープなど持ってはいない。
この頂上を探せば、樹の蔓や場合によっては棒状の枝がみつかるかもしれない。
だがその間に、みちるの力がつきてしまう可能性のほうが高い。
考えるんだ!
谷底から再び風が吹き、男のやや長い髪をもてあそぶ。
「あなたと一緒なら、やり直せると思ったの。組織の目が届かないどこか遠くで」
みちるは明るく笑顔を男に向ける。その望みは叶わないとあきらめているというのに。
男には、最後に笑顔でさようならを言うつもりであった。
男は、そのときハッと気づく。
そうだ、その手があったか!
いや、ちょっと待て、だけど、やっぱり、う~む、無理か。
ああ、だけど時間がない。決断するんだ!
「さようなら、あなただけは生きのび」
「待てっ!」
男はみちるの言葉を遮った。
もうこの手しかないんだ。
男は彫りの深い顔に、新たな苦悶を浮かべて宙を仰ぐ。
みちるの命には代えられない。いいじゃないかこの際。
どうせいつかはカミング・アウトするつもりなんだから。
「みちる! こ、これにつかまれ!」
男は片手を頭部に伸ばした。そして、一瞬両目を固く閉じ、次の瞬間にカッと見開いた。
指先を動かすと、パチンパチンと頭部が音を立てた。
ズルリッ。
その手には、なんと大量の毛髪が握られているではないか。
「えっ」
その様子を見上げていたみちるの表情が固まった。
「あ、あなた、それは」
「いいからつかまれ!」
男は手にした人工毛髪、つまりカツラを手にしてみちるに差し出す。
その頭頂部が見事に地肌をさらけ出している。側頭部と後頭部には艶やかな自毛があるのに、額から頭頂部にはきれいに一本たりとも自毛はなかったのだ。
若くして家系の遺伝子が、強烈に働いていたのだ。三年前から。
男の差し出すカツラは、15センチの距離を埋めた。
みちるはコワいモノを見たような驚愕の顔つきで、カツラを凝視している。
谷底から吹き上がる風はカツラを揺らめかせ、男の頭頂部を滑りながら宙へ舞って行った。
みちるは真顔にもどると、「よっこらせ」と掛け声を上げて岩肌を自力で登りきったのであった。』
ああ、やはりわたくしが描くと、こんなお話になってしまいます。
ということで、コンテストには不参加といたします。
ヘヴィ・メタルを聴きながら、カクヨムさまのチェック・タ~イム。
あ、「二十歳のおばあちゃんへ」に、レビューとお★さまをいただいております!
樋口めぐむ さま、
先だってはキラメクお★さまをいただいた上に、レビューまで頂戴いたしまして誠にありがとうございます!
趣旨にピッタリだなんて、嬉しい♡ さようでございますのよ、ほんの少しだけ仕掛けを施しておりましたの。気づいてくださって感激でございます☆ 可愛らしいお話とおっしゃってくださるなんて、うふふ♡
心より御礼申し上げます♬
伊藤愛夏さま、
愛夏り~ん、お目通しくださったのですわね♪ それだけでも嬉しいのに、お★さままでいただけるなんて! つばき初の恋愛モノでございます。お目汚しにはなっておりませんでしたでしょうか。
心より御礼申し上げます♬
くさなぎ そうしさま、
いつもお世話になっております。ご多忙の中ご覧くださり、またお★さままで頂戴いたしましてありがとうございます! わたくしには似合わぬジャンルではございますが、思い切って描いてみました♪
心より御礼申し上げます♬
夕日 ゆうや さま、
平素は大変お世話になっております。先だっては、ガラナさまのリレー小説でお疲れさまでした。お忙しい中お目通しくださり、レビューまで頂戴し誠にありがとうございます! 素敵な物語だなんて、嬉しい♡
わたくしの力量では、この分量が限界でございます。そうおっしゃってくださり、なんだか勇気が湧いて参りますわ♪
心より御礼申し上げます♬
村岡真介さま、
いつもお世話になっております。お忙しい中、応援コメントにお★さままで頂戴いたしまして、誠にありがとうございます! 猟奇のエッセンスを取り払うと、意外とあっさりしてしまいました。
心より御礼申し上げます♬
桜井今日子 さま、
どうも初めまして。この度はご多忙の中、わざわざお目通しくださり、まてレビューまで頂戴いたしまして誠にありがとうございます!
涙なしではなどどと、嬉しい♡ レビューもとても美しい余韻を残される文章で、感激いたしております♪ 「恋文」、いまでは交わすおかたは少のうございますでしょうねえ。一度もらってみたいものでございます。
心より御礼申し上げます♬
今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます!
~~♡♡~~
「二十歳のおばあちゃへ」を始め、拙作をご覧くだすった皆さま。この場を借りまして御礼申し上げます。
おひとりでも、自作にお目を通してくださるかたがいらっしゃる。
これは書き手といたしまして、ほんに嬉しいことでございます♡
誠にありがとうございます♬