カンカンカンッ――
ビル裏の非常階段を上る靴音が響く。
ゴルフバッグを肩に掛け、細巻きの煙草をくわえた大柄な男が上がって行く。
屋上に出ると、細く鋭い目を周囲に向けた。
スーツのポケットから携帯灰皿を取り出し、煙草にともる火を丁寧に消す。
これは狙撃した後に証拠を残さないため、というよりも性格であった。喫煙者のマナーだけは守らねば。
そう、この男はプロのスナイパーである。
とある闇組織のボスから、狙撃を依頼されているのだ。
使用する銃は、いつも依頼主に用意させる。これはただたんに、銃器をどこで仕入れたらよいのか、よくわかっていないためであった。
男はビルの屋上から、道路を隔てた反対側に建つビルに目をやる。
ふと下を見て、くらりと眩暈を覚えた。高所恐怖症であったことを思い出す。
今回のターゲットは、あのビルの窓際で優雅にティタイムを楽しんでいる。
男はスーツのポケットから高倍率の光学照準器(スコープ)を取り出した。
これだけは絶対にマイ・スコープでなければならない、と少々こだわりを持っている。
男はターゲットを確認すると、渡されたゴルフバッグからライフル銃を取り出す。
いや、取り出そうとしたのだが細い目を限界まで見開いていた。
「ちょっと、待て……」
バッグのカバーを開けると、中にはゴルフのクラブがセットで入っていたのだ。かなり高級そうだ。
「え~っと」
なぜ渡された時に確認しなかったのか。
オーダース―ツの時もそう。
確認するという意識が欠落している、超一流のスナイパーであった。
くるぶしが上からでも見える丈の短いズボンのポケットに両手を突っ込み、男は宙に顔を向けたまま、うっすらと目元に涙をにじませている。
しばらくして、男はバッグから三番ウッドを取り出し、バッグのポケットからロストボールを一個手に持った。
依頼された以上、やるしかない。
超一流のスナイパーの、ハートに熱い火が点されたのだ。
男は屋上のコンクリートにボールを置き、しゃがみこんで目標の反対側ビルを睨む。
どうやら弾道距離を計算しているようだ。
スクッと立ち上がり、人差し指をなめて頭上にあげた。風の向きを確認する。
男はクラブを構え、肩幅に脚を開いた。
ゆっくりとクラブを振り上げる。ピタリと腕が止まった。
「フンッ!」
男は鼻孔からすべての空気を吐きだし、音を立ててクラブを振った!
ガイィ~ンッッ!
思いっきりダフり、クラブのヘッドがコンクリートを直撃。
「アウウゥッ」
男はその衝撃を両手に受け、思わずへたりこんでしまう。
よく考えれば、男はゴルフなど一度もやったことがなかったのだ。
確認するまでもない。
男は痛みと恥ずかしさで涙を頬に伝わせながら、八つ当たり的にゴルフボールを思いっきり投げた。
ボールはひょろひょろと弧を描き、ビルの真下へ落ちていく。
男は手で涙をぬぐうと、振り返らずに立ち去ろうとした。
直後、キキッー! ガシャッン! グシャッ! ドーン! と凄まじい音がビルの下から聞こえた。
さらに、ズドオォーンッ! と大砲が炸裂したような音と共に、反対側のビルのほうから大爆発が起きた。
男は頭を抱えながら振り返る。
男が投げたゴルフボールは、道路を走ってきたガソリンを満タンに搭載したタンクローリーのフロントガラスを割り、あわてた運転手がハンドルを切り損ねて反対側のビルに突っ込んだのだ。
多少の紆余曲折はあったが、ターゲットはおそらく巻き添えをくっているに違いない。
男はふとニヒルな笑みを浮かべた。
「ミッション、コンプリート」
こうして超一流のスナイパーは、また伝説の一ぺージを書き加えたのであった。
なにごとも、しっかり確認をいたしましょう。
こんな教訓を含んだお話でございました。
ささ、わたくしもカクヨムさまをしっかり確認せねば!
あ、「千年魍魎~アイドル志望は時給戦士・外伝」にお★さまをいただいております!
伊藤愛夏さま、
愛夏り~ん、年末のあわただしき時に、わざわざお目通しくださり、またきらめくお★さまを頂戴いたしまして誠にありがとうございます!
もうこれは正直に、嬉しい♡
はるか太古の地層に埋もれております拙作。もう掘り起こしてくださるチャレンジャーはおられないと、涙を呑んでおりましたの。
しかも今作は主人公がキモヲタと、オカマ。一般のおかたにはお目通しいただけない要素しかございませぬ。でも自身では気に入っておりますのよ、もちろん。ですから大感謝祭で全品大幅値下げしたいくらい。え? 値下げしてもいらないと? あい、わかりました。
心より御礼申し上げます♬