ええ、わたくしの頭の中は、決壊した川の濁流が一気に平和な村を飲み込むように、“ 恐怖 ” の洪水に溺れております。
なぜ待合室を見た時点で、引き返さなかったのか。
いくら恩ある町内会長さまのお申し出であっても、命まで取られるくらいならケツをまくって(あいすみませぬ、恐怖におののいておりますゆえ、言葉がちょっとおかしげでございます)スタコラと逃げ出せばよございましたのに。
ああ、悔やんでも悔やみ切れませぬ。
わたくしは施術台と申しますより、マッドサイエンティストの実験台に寝かされている心境でございます。
施術室にいたりましては真ん中にこのベッド、周囲には見たこともない装置が四方を囲み、不気味な電子音やモーター音が唸っております。たまに火花が散っており、どう間違っても整体院の様相ではございませぬ。フランケンシュタインの怪物でも復活させるような、趣にあふれております。
天井から吊り下げられた紫色に灯る電灯が、よけいに恐怖心をあおって参ります。
わたくしは施術用のショッキングピンクのトレーナー上下に着替えさせられ、うつ伏せにベッドに寝かせられたまま、全身を震わせております。まな板の鯉?
したがって院長である関取、もとい、町内会長さまの姪御さまの姿は見えませぬ。
生きたまま人体実験をされるのか、それとも改造手術で化け物にされるのか、わたくしは口の中でひたすらお念仏を唱えます。
ガシッ! と前触れもなく大きな掌に、わたくしの両側頭部がはさまれました。
ヒィィッ、とか細い悲鳴が思わずもれます。
太い十本の万力のような指が、わたくしの柔肌に食い込みました。
妙にヌルリとした感触。しかも手づかみで生魚をさばかれていたのか、漂う生臭さで鼻が曲がりそ――バッキバキバキッバキィッ!
いきなり骨を思いっきり砕くような音がわたくしの首から上がり、一気に頭部が回転させられました。
痛い、痛くないの問題ではございませぬ。
切れ長二重のわたくしの目は真ん丸に見開かれ、絶対にその姿勢では見えてはいけない、天井の電灯が瞳に写っているのです。
ヒッエ~ッ! なぜ、うつぶせ姿勢で天井が見えるの~っ!
ゴッキキキッ! 万力のような指が、今度はわたくしの頭を三百六十度逆方向へねじります。
あ、また天井が見えた。うふふ。
などと、笑っている場合ではございませぬ。
でもぉ、わたくしの頸椎って、意外と強靭なのかしら。
院長の荒い鼻息が、扇風機の風のように、わたくしの栗色の髪をなびかせます。
次に片手がわたくしの腰に置かれ、もう片方の手のひらがわたくしの顎を持ち上げます。
やっぱり生臭そうございます。どんなお魚をさばかれていたので――グキキキッ、グッキンッ!
わたくしの背骨が、これまた一気に曲げられたのでございます。
グエ~ッ! わたくしの喉から、生まれてから一度も出したことのない、うめき声がほとばしりました。
あらら、後頭部に当たるこの柔らかな感触って、なに?
ま、まさかわたくしの臀部? お尻?
ここまできますと、もはやわたくし、開き直っておりますの。
いっそのこと、このまま中国雑技団へパートで雇ってもらおうかしら、などと頭の中で時給の計算をしております。
「っしゃあ! 施術終了っす」
お相撲さ、いえ、院長の声が聴こえます。ああ、ああ、わたくしは天に召されたわけではございませんのね。
思わず無神論者であるにも関わらず、頭の中で十字を切りました。
「背骨がかなり曲がってたっすよ。まあ、アチシが矯正しときやしたから」
わたくしはベッドの上で起き上がりました。
あら、なんだか身体が妙に軽くなったわ。もしかして、このおかたは、名整体師?
お代金をお支払いする際に、「叔父貴の紹介っすからぁ、今回は二百円っすよ」
え、に、二百円……
わたくしは頭を下げて辞去いたしました。
でも気になりますのは、あの施術室の機器類ですわ。いったいどんな場合に使用なさるのでございましょう。
死ぬ思いから解放さえましたわたくしは、気が付けばスキップで商店街を駆けております。羽根が生えたような身体の軽さ、でございます。
ルンルン気分でカクヨムさまを、チェ~ック♡
ま! 拙作「猟奇なドール」にレビューをいただいておりますわ!
銀鏡 怜尚さま、
いつも大変お世話になっております。年末に向け、ご執筆でご多忙の中ご覧くださり、その上素敵なレビューまで♬
誠にありがとうございます!
は、破壊力――いわゆる、拙作はウエポンでございますわね。
いっそのこと翻訳いたしまして、あの軍事国家にばらまきますれば、弾道ミサイル以上の戦果を挙げられますでしょうかしら。うふふ。
つばめちゃんが百人いたら、それだけで一個師団に相当するやもしれませぬ。
銀鏡さまに、すごい、などとお褒めいただけるなんて、嬉しい♡
心より御礼申し上げます♪♪~♬