今日は久しぶりに町内にございます「ごはん屋」さんにて夕餉をいただこうと、出向いておりますの。
この「ごはん屋」さんは店名の通り、居酒屋ではなくご飯をいただくお店なのです。
商店街で、夕方の六時から開店です。
ご主人おひとりで、小さなコの字型のカウンターのみ。
十人も入れば満席です。ご主人は年の頃、五十歳代半ばかしら。短く刈り込んだ髪は、料亭の板前さまのよう。
いつも作務衣に前掛けをされ、年中下駄を履いておいでです。
メニューはありませぬ。
食したいオカズをお願いいたしますと、温かいお味噌汁と丼茶碗によそった白いご飯、それとご主人が漬けられたこれまた美味なる糠漬けがセットででてきます。大抵のオカズは作っちゃうご主人なのです。
もちろん、お酒を注文なさるおかたもいらっしゃいますわ。
でも基本は、ご飯なのです。
夕方六時から、明けの三時までが営業時間。
わたくしはこのごろ日課にしております深夜徘徊の途中、午後十一時くらいに暖簾をくぐりましたの。少々遅い晩御飯です。
たいていは常連の商店街の旦那さまたちが、一杯やっておいでなのです。ただ今夜は時間が遅いせいか、ご主人おひとりで、カウンター内で煙草をくゆらせておられました。
「こんばんは~」
「やあ、いらっしゃい、つばきさん」
「今夜は静かですのね」
「ああ、いつもの通りさ。さあって、なににする?」
「えーっと。あらっ、この香りは……」
「うん、今日は小松菜と厚揚げを炊いたのと、カレイの煮物を作ってみたんだ」
「あら、美味しそう。じゃあ、それをご飯セットでくださいな」
「あいよ。ご飯は特盛り、だったね。適当に掛けて待っててよ」
わたくしは奥の席に腰を下ろしました。
炊いた小松菜の良い香りが、わたくしのお腹を刺激いたします。
「はい、おまち」
お盆に乗せられた湯気のたつオカズに、わたくしのカワイイ小鼻が引きつきます。
「いっただきま~す!」
カウンターの箸立てから割り箸をとりますと、口に挟んでパシッといなせに指で割り、一心不乱にご飯をかけ込み始めました。
きれいにたいらげましたその時、ガラガラッと入口の開く音。
わたくしは振り返りました。
「おこんばんは~っ」
やけにネットリトした、鼻にかかった殿方の声とともに、ヌーッと顔だけが暖簾からのぞきました。
目の覚めるようなグリーンの蛍光色地に、黄色いペイズリーをあしらったチロリアンハット。
薄いブラウングラスの丸眼鏡を掛け、無精ひげを生やされた中年の殿方です。
「ああ、ディーンさんじゃないか。久しぶりだねえ」
ご主人はそのおかたに、親しげな笑顔を向けられます。
「むふふっ、お久でござんすねぇ。あっ、お客さんだ。しめしめ」
その殿方はニヤリとされ、わたくしに視線を向けます。
不審げな表情を浮かべたわたくしに、ご主人は笑いながらその御仁を紹介くだすったのです。
「つばきさん、この人はね、“ 流し ”のディーンさんて言ってさ。もう二十年近く色々な場所で流しをやってるんだ」
「な、流し、と申しますと」
「ほら、ギターを弾きながらさ、飲み屋でお客のリクエストで歌ったり伴奏してお金を稼ぐ人さ」
わたくしはその職業名は聞いたことはありますれど、今の時代に珍しいわ、とそのディーンさんをマジマジと見つめました。
「せっかくだから、一曲やってもろうか。俺も久しぶりに聴きたいしさ。ああ、料金は店持ちにするからさ、つばきさんも一緒にどう?」
わたくしは好奇心旺盛でございますゆえ、喜んで首肯いたします。
「そぉれではぁ、しっつれいしや~す」
ディーンさんは顔からお店に入って参りました。
ま! 上下のスーツもお帽子と同じ生地に柄よ。ちょっとチカチカして目が痛くなりそう。
タスキ掛けにしていらっしゃるのは、ギターのストラップね。
背負っていたギターをクルリと前方へ……
ちょっと待って。
それってギターじゃないわよ。
「うっへへっ。た~だいまご紹介にあずかりましたぁ、アタクシ、ディーン胃腸ヶ峰。平成の琵琶法師でご~ざいやぁす」
言いながら、チロリアンハットを片手ではずして一礼されます。
大きな額、と申しますか、禿げ上がった髪は短く刈り込まれて金髪に染められております。
そうなのです。このおかた、今ではほとんど見かけない琵琶なる弦楽器を肩から掛けていらしたのでございます。
キテレツな流しのディーンさま。このあと、わたくしはビックリ仰天いたします。その続きはまた次回にでも。
ささ、その前にカクヨムさまをチェックよ、つばき。
あ、拙作「予想外な涼ノ宮兄弟」にレビューをいただいております!
春川晴人さま、
平素は大変お世話になっております。この度はお時間をさいてご覧くださり、またレビューまで頂戴し、誠にありがとうございます!
兄の愛一郎……本当は、苦労しながらも弟を育てていく姿を描く予定でしたの。ところが、こうなってしまいました。なぜ?
でもおもしろいと仰ってくだすって嬉しい♡
次回こそ純文学で――あいすみませぬ。わたくしには無理だということが今回でイヤというほどわかりました。
出来る限り幅広い皆さまにご覧いただけるような物語を紡ぐよう、努力いたす所存でございます。
心より御礼申し上げます♬