わたくしにとって、今や最大の鬼門となっております中部国際空港セントレア。
ただ出国したいだけですのに、あの保安検査場だけはどうしても通過できません。
でも今日は大丈夫よ♪
なぜなら出国ではなく、入国されるおかたを出迎えるだけでございますゆえ。
……問題は来日されるおかたが、わたくしは出来れば二度とご一緒したくない唯一の殿方。
〇ーマ法王の直轄討伐部隊『ナタデ・ココ』でその名を轟かされる、エクソシストのクラウスさま。
ええ、確かにエクソシストとしての腕は超一流でいらっしゃいます。これまでにも、数々の難事件を解決なさった凄いおかたではございます。つまりは、相性、の問題かもしれませぬ……
本日は、先にセントラル・パークのブティックで購入いたしました、秋の新作をさっそく着用しております。
七色に輝くブラウスの上に、これまたレインボー・カラーのケープコーディガンなどを羽織りまして、極めつけのフレアスカートも七色でございます。おほほっ、パンプスも、モチのロンですわ。
流行の最先端をいっておりますからでしょうか、すれ違われるかたは皆さま振り返られます。
旅行客でにぎわう空港でございますれど、さすがにまだどなたも秋のトレンドを先取りされたおかたは、いらっしゃいませんわ。
ちょっぴり気取って歩くわたくし。
「あれって、フロアで開催予定の大道芸人よね。
あんな、カラフルを通り越して目に痛い服装は、手作りかしら」
「シッ! 振り返っちゃダメ。
目が合ったら、わけのわからない冊子を売りつけられるわよ」
などと聴こえて参ります。
はて、どこかに芸人さんでもいらっしゃるのかしら?
わたくしは入国フロアに置かれておりますベンチシートに、優雅に腰を下ろして待機です。
さすが国際線でございます。さまざまな旅行客が入国審査、税関検査を終えて出口からフロアに流れ出ております。
クラウスさまのご搭乗なさった飛行機は、もうすでに着陸済みと電子掲示板には表示されております。
何気なくあたりをうかがうわたくしの背筋に、まるで体長三十センチほどの大百足がザザザッと走るような悪寒が!
ハッとわたくしは切れ長二重の目元を、入国ゲートの自動ドアへ向けました。
「ああ……」
わたくしの小さな口元から脱力感とともに、吐息が漏れました。
自動ドア横にございます壁から、ひとりの西洋人が顔だけをつきだし、まるで心霊写真のような状態でこちらをじっと見つめております。
クラウスさま、その人でありました。
金髪のやや長めの巻き毛。彫りの深い面長にブルーの瞳。年齢はわたくしよりチョイ上の三十歳代前半。
このお顔だけ見れば、ハリウッドのムービー・スターと紹介されてもおかしゅうございませぬ。
クラウスさまはわたくしと目が合いますと、ニッコリと微笑みながら壁からシュルリと全身を現され、大きなキャリングケースをコロコロいわせてこちらに歩み寄ってこられます。
一瞬無視して、この場からダッシュで逃げ去ろうとも思いましたのでございます。が、奥歯を噛みしめて精神力で踏みとどまりました。
「ハ~イッ マイッ、スッィートハッニ~ッ!」
大きな声で手を振りながら、金髪碧眼の長身痩躯なクラウスさまが近づいて来られます。
周囲の人々はその大声に振り返り、わたくしを好奇の眼差しで見られます。
クラウスさまは神父の身でありながら、どこで買ったの? と思われる真っ黄色な地に七色の小さな髑髏が無数に描かれたアロハシャツ、膝丈のジーンズにサンダル履きという極めてラフなスタイル。
胸元には銀色の手のひらほどの大きな十字架を下げられております。
「うっ、うう。これはクラウスさま、ご、ご無沙汰いたして――」
わたくしが言い終わらないうちに、いきなり両腕でガッシとわたくしをハグされ「オッヒサ~ッ、ベイビイ! 会イタカッタデ~ス!」とこれまた大声で叫ばれました。
み、耳が! わ、わたくしの鼓膜が!
興味津々でこちらをご覧になるかたがたには、まるで恋人が久方ぶりに会ったように写ったことでしょう。
「ソウソウ、モミアゲ? ノウッ、オミヤゲ、シコタマ仕込ンデ、来マシタゼ~!」
クラウスさまはしゃがみ込み、大きなキャリングケースを横倒しにすると、ガバッと全開にされます。
「あのう、クラウスさま。お土産でしたらなにもここでなくても」
「OK、OK、ドーゾ、ゴ遠慮クダサ~イ、ダゾ」
わたくしは開けられたケースの中身に何気なく視線を落とすと、流線型の形良い眉をしかめました。
「ク、クラウスさま、そのケースに入っております聖書や大量のニンニクはともかく。
クサビに金づち、むき出しになった大型拳銃、切れ味鋭そうな短剣って!」
「オウ、コレハ、万ガイチ、カラジュウ、デーモンヤァ、イービル、ビーストガ、現レタトキノ、用意シュ~ト~、ダワサ」
「いえっ、それは拝見すればわかりますれど……税関の手荷物検査でパーフェクトにとっ捕まるヤバイアイテムでは」
クラウスさまは顔を上げられ、わたくしにウインクされました。
「ハッハッハ~。問題ナシ、ユエニ、答ナシ。
応対シタ係官ニ、オ見事ナ当テ身ヲ、クラワセテ通過、シテヤッタリコマッタリ」
サーッとわたくしの顔面から一斉に血の気が引きます。
その時です。
「アッ! あそこにいるぞ! 確保しろーっ」
入国ゲートの自動ドアから、数名の税関職員がこちらを指さしております。
わたくしは頭を抱えながらも、またしても逃走するために煙玉を取り出そうとしました。ここへ来るたびに、わたくしは結局逃走しておりまする。逃走するためにセントレアへ来ておりますのでしょうや?
クラウスさまは涼しいお顔で振り返り、胸元の十字架を握ると口元で呪を唱えます。
アアッ、ヤベエッ! などと、わたくしはついお里の知れる言い回しで叫びました。
走ってくる税関職員の前の空間が、突如ギュワンっと回転し、悲鳴を残して全員がその中へ飲み込まれてしまったのです。
「まあっ、なんてことを!」
「ハッハッハ~。異空間へ、誘ナッテ、サシアゲチャッタヨ~ン」
高らかに笑う、希代のエクソシストでございました。
立ちくらみを覚えましたわたくしは、よろめいてベンチシートへ。
そのついでにスマホでカクヨムさまをチェック。
抜かりは、ございませぬ。
まあっ、拙作「猟奇なドール」にレビューを頂戴しております!
山下ひろかずさま、
ご無沙汰いたしております。今回、ご多忙にも関わらず誠にありがとうございます!
おっしゃられますように、おひとによりましては動悸、息切れ、眩暈などを引き起こすやもしれぬ物語でございます。
それでもお読みくだすって、嬉しい♡
心より御礼申し上げます!