わたくし、今日は町内にございますラーメン屋さまへ来ております。
ラーメン屋さまと申しますと、行列が絶えないお店ですとか、テレビ番組に取り上げられる飲食店の代表格でございますわね。
このお店は知る人ぞ知る、とでも申しましょうか。行列も取材されたこともないようです。
味は昔ながらの醤油味でございますれど、一度味わうと、もう他のラーメン屋さんの暖簾はくぐれないほどの絶品でございます。病みつき、これでございます。
皆さまにも、場所をお教えいたしたいほどでございます。
品数は「ラーメン」あんど「ラーメン・大」、それのみでございます。ご飯やギョーザ、ビールはもちろんございません。
これがお店の味に絶大なる自信を持たれておられる、ご主人さまの心意気、でございましょうか。
カウンター10席の小さな店構え。ご主人はこの道50年の大ベテランですの。
それでわたくしは普通サイズの「ラーメン」を食しております。
額にかかる天然ウエーブの髪を左手で押さえながら、お箸で麺を一、二本づつチュルリンと。
桜の花弁のようと言われますわたくしの小さな口元では、ズルズルッなどとは一気に入りません。
その上、超がつく猫舌。デリケートな口中を火傷しないように、ゆっくりと味わっております。
ガラガラッとお店のドアが開かれ、野良作業姿のおじいさまが入ってらっしゃいました。
JAマークの入ったお帽子をイナセにはすに被られ、わたくしのひとつ開けた隣りのイスに腰を下ろされました。
「らっしゃい」
ご主人はカウンター越しにお冷を置きます。
「ラーメン、もらおうかの。ツユ抜きで」
「へい」
何気ない会話に、わたくしは麺を持ち上げた手をピタリと停止。
えっ? さりげなくおっしゃったけど、ツ、ツユ抜き?
ザンザンッと華麗な手さばきで湯切りされたご主人は、カウンターの奥で丼に麺を入れてそのまま「へい、おまち」とおじいさまの前に置かれました。
おじいさまは箸立てから割り箸ををお取りになると、真横にお口に咥えられます。
パシッと割り箸を鮮やかにお割りになると思いきや、お箸を引っ張ると同時に、ズボンッと粘着質の音を立て入れ歯がお口からはみ出しました。
まあ、なんと古風な、お約束! 今時、まず見ないギャグをすこぶる真面目なお顔でやってのけられました。
入れ歯をはめられ、一気に麺を口中へ。
咀嚼なしに、ほぼ丸飲み、でございます。蛇?
「馳走になったの」
おじいさまは代金をお支払いになり、来店からわずか三分ほど出て行かれました。
はあ、通ともなると一般人の食しかたを超越されてらっしゃるのね。
気を取り直しまして、やや冷めて参りましたラーメンに箸を伸ばします。
ガラガラッとお店のドアが開かれ、野良作業姿のおじいさまが入ってらっしゃいました。
えっ? 先ほどのおかたでは……忘れ物かしら?
「らっしゃい」
ご主人はカウンター越しにお冷を置きます。
いや、先ほど麺のみを召し上がったおかたですわよ、とわたくしが口を開こうといたしました時。
「ラーメン、もらおうかの。麺抜きで」
「へい」
……えーっと、麺抜きのラーメンってそれはスープだけってことかしら。
ご主人は丼に醤油ベースのタレと、寸胴鍋から湯気の立つスープを注ぎ込みました。
「へい、おまち」
とスープのみの丼を、おじいさまの前に置かれます。
おじいさまは丼を持ち上げ、鼻先で香りを確認いたしますと、一気に喉へ流し込まれます。
わたくしなら、間違いなく悲鳴を上げるような熱さにも関わらず、でございます。
「馳走になったの」
おじいさまは代金をお支払いになり、来店から今度はわずか一分ほど出て行かれました。
ははあっ、通ともなると一般人の食しかたを超越されてらっしゃるのね、ってどころじゃございません。
わたくしはポカンと小さなお口を開けたまま、ラーメンがパーフェクトに伸びきっているのも忘れ、あらためてラーメンの奥の深さを知りました。
わたくしがお汁をレンゲですくって口元に運んでおりますと、またガラガラッちお店のドアが開かれました。
今度は少しよそ行きのジャケットなどをお召しになった、二人連れのおじいさまです。
お二人は一番奥の席に座られ、ラーメンをご注文なさったのです。
「いやあ、きみとこうして会うのは何年ぶりかなあ」
「うん、確かに次回の選挙では苦戦は免れまい」
「若い頃は本当にきみと徒党を組んでは、悪さしたっけか」
「さようさ。だからぼくもね、言ってやったんだ。それは娘さんが悪い、とね」
「まあこうしてお互いにこの年齢まで健康でいられて、なによりさ」
「はっはっは。そういうことだよ、きみ。何と言っても日本人は米だよ。うむ」
なにやら会話が弾んでいらっしゃるのかどうか、わたくしには、ちと理解できません。
「へい、おまち」
ご主人が湯気の立つラーメンを二つ、カウンターに置かれました。
「さあ、再開を祝して乾杯だ」
「ああ、これでやっと商談成立、ってところかな」
お二人は熱い丼を両手で持ち上げられ、「乾杯っ!」と丼をぶつけられましたの。
グワッシャーン! と派手な音を上げて丼が割れ、熱い麺やスープがもの凄い勢いで飛び散ります。
「ウワチチチッ!」
「ヒーッ! アツツツッ」
当たり前ではございますが、お二人は麺とスープを頭や身体に受け、悲鳴を上げられました。
「うわはははっ、やはり熱い」
「うむ、熱い。もう一杯いくか」
お二人は顔を見合わせて、豪快に笑われております。
わたくしは、そっとラーメンのお代金をカウンターに置くと、二回目の乾杯を前にお店を退散いたしました。
お店を出たところで、カクヨムさまをチェックです。
まあっ、拙作「猟奇なガール」にレビューを頂戴しております!
雛葵さま、
この度はコワいもの見たさの誘惑に負けられ、ご覧くだすって誠にありがとうございます!
この世界観癖になる、とのお言葉、わたくしは賛辞として受け取らせていただきます。
某バンドの曲、でございましょか? わたくし、俄然興味が湧いてまいりましたわ。またぜひその曲をお教えくださいまし。
心より御礼申し上げます♡