いつも拙作をお読み下さっている皆様、そして初めましての皆様もこんにちは。
さて、本日は かたやままこと先生によるコミカライズも好調、多分あと少しで更新がやってくる
拙作
【最底辺であがく僕は、異世界で希望に出会う~自分だけゲームのような異世界に行けるようになったので、レベルを上げて、みんなを見返します】
を少し離れまして、タイトル通り、”史”実は小説よりも奇なりって話を......
こうした創作活動をしておりますと、創作とはいえリアリティが無い!とのお叱りを受ける機会が多々御座います。
だからというわけでも無いのですが、では、リアルは本当にリアリティがあるのかというお題で。
今回取り上げますのは、世界史では超が付くほど有名な御仁。
アレクサンドロス3世。
一般にはアレクサンドロス大王、英語読みならアレキサンダー大王として知られる、古代マケドニアの王様です。
この人の人生をですね。
「史実」という看板を一旦外して、
『小説投稿サイトに掲載されている異世界戦記のあらすじ』
くらいの気持ちで眺めてみましょう。
主人公は王子として生まれます。
父親はフィリッポス2世。
この父親が非常に優秀で、マケドニアの軍制を改革し、強力な軍隊を整備し、ギリシア世界に覇権を確立。
さらに当時の超大国、アケメネス朝ペルシアへの大遠征まで計画します。
つまり主人公が物語を開始する段階で、
父親がレベル上げと装備集めと軍制改革をほとんど済ませてくれています。
担当編集者から、
「主人公が苦労してないじゃん」
と言われそうです。
ところが紀元前336年。
いよいよペルシアへ攻め込もうかというタイミングで、父フィリッポス2世が暗殺されます。
そして主人公アレクサンドロス君。
20歳で王様になります。
「父親を退場させるタイミング、露骨過ぎません?」
と担当編集者に赤ペンを入れられそうですが、史実なので仕方ありません。
とはいえ20歳。
国内には反対勢力もいるし、北方には不穏な部族もいるし、ギリシア諸都市だってマケドニアの支配を喜んで受け入れているわけではありません。
普通の小説なら、ここから若き王が失敗を重ねながら国内をまとめ、少しずつ成長していくところでしょう。
ところがアレクサンドロス君。
反対勢力を抑え、北方遠征を行い、反乱したテーバイも制圧。
そして王位に就いた翌々年、紀元前334年。
「じゃ、ペルシアを征服しに行きます」
……早いよ。
もう少し国内でゆっくりしていこうよ。
しかも、そのペルシア帝国。
ちょっと強い隣国、とかではありません。
当時の世界最大級の超大国です。
Oxford Handbook所収の研究では、アケメネス朝の版図はおよそ800万平方キロメートル。
現在のトルコ方面からエジプト、メソポタミア、イラン、中央アジア、そしてインダス川方面にまで広がる、とんでもなく巨大な帝国でした。
別の研究では、当時のペルシア帝国はマケドニアとギリシア本土を合わせた領域の約50倍、人口は約25倍と見積もられています。
さて。
そんな相手を征服するため、我らが主人公アレクサンドロス君はどれくらいの大軍を用意したのでしょう?
100万人?
いやいや古代です。
では30万人?
10万人?
実は古代史料によって数字が違うので正確には分かりません。
現代の研究書で整理されている数字を見ると、低い推定では
歩兵約30,000
騎兵約4,000
高い数字を採用しても、
歩兵約43,000
騎兵約5,500。
シケリアのディオドロスが記録した各部隊の数字を合計すると、
歩兵約32,000
騎兵約5,100
となります。
つまり大雑把に言えば、
4万人前後。
世界最大級の帝国へ、4万人ほど連れて攻め込みます。
担当編集者:
「待って」
作者:
「はい?」
担当編集者:
「敵の方が領土50倍、人口25倍なんですよね?」
作者:
「はい」
担当編集者:
「主人公は4万人で攻め込む?」
作者:
「はい」
担当編集者:
「どうやって勝つの?」
作者:
「勝ちます」
多分ここで企画書を返されます。
しかもアレクサンドロス君、ここからが酷い。
まずグラニコス川の戦い。
勝ちます。
小アジアへ進撃。
さらに紀元前333年、イッソスの戦い。
ついにペルシア皇帝ダレイオス3世本人が登場します。
いよいよラスボス登場!
……と思ったら、
また勝ちます。
ダレイオス3世は戦場を離脱。
その後、アレクサンドロスは地中海東岸を南下。
ところがティルスという非常に攻略しにくい島の要塞都市が立ちはだかります。
「陸軍中心の主人公に難攻不落の島塞都市をぶつける」
いいですね。
ここで主人公にも一度くらい挫折を……
「島なら陸続きにすればいい」
海へ土石を投入して堤道を造り始めます。
そして落とします。
「いや、主人公補正……」
と言いたくなってきますが、史実です。
そのままエジプトへ。
ここでも支配を確立。
そして紀元前331年。
いよいよガウガメラの戦い。
ダレイオス3世再登場です。
今度こそペルシア側も大軍を集め、決戦に臨みます。
さすがに今回は苦戦して……
また勝ちます。
ダレイオス3世、再び戦場を離脱。
「ラスボスが噛ませ犬になってません?」
と編集者から怒られそうですが、これも史実です。
その後アレクサンドロスはバビロン、スサ、ペルセポリスとアケメネス朝の中枢を次々掌握。
ダレイオス3世は逃走の途中、配下によって拘束され、最終的に殺害されます。
主人公、ラスボスに直接とどめを刺す必要すらありませんでした。
そして普通なら、
「巨大帝国を倒した! 完!」
でしょう。
ところがアレクサンドロス君、
まだ東へ行きます。
中央アジア方面へ。
さらにインド方面へ。
戦います。
勝ちます。
また戦います。
また勝ちます。
ついには部下の方が、
「王様、もう帰りましょうよ……」
となります。
ようやく引き返します。
そしてアレクサンドロスはバビロンへ戻り、新たな遠征なども構想していたとされていますが、紀元前323年、突然病に倒れます。
そしてそのまま死去。
享年は現代的な満年齢なら32歳。
一般には「33歳で死去」と書かれることもあります。
若くして王となり、
世界最大級の帝国へ攻め込み、
わずか十年ほどの間にエジプトから中央アジア、インド方面に至る空前の大帝国を築き、
少なくとも彼自身が指揮した主要な会戦では決定的な敗北を喫することなく、
そして若くして突然死。
……。
いや。
こんな小説書いたら怒られるでしょ。
「主人公補正が強過ぎる」
「せめて一回くらい大敗させろ」
「ライバルのダレイオスをもっと有能に描け」
「父親から最強軍隊を相続させるな」
「20歳で即位して22歳で世界帝国に攻め込むな」
「難攻不落の島が出てきたからって海を埋めるな」
「主人公に都合のいいイベントを連発するな」
「そして最後、急に殺して話を終わらせるな」
感想欄が荒れそうです。
しかし困ったことに、
全部、だいたい史実です。
もちろん実際の歴史はこんな単純な英雄譚ではありません。
マケドニアの強さは父フィリッポス2世時代から築き上げられた軍制と国家体制の上に成立していましたし、アレクサンドロス一人で戦争をしていたわけでもありません。
ペルシア側についても、ダレイオス3世を単純な「無能なラスボス」と見なすのは公平ではないでしょう。
そもそも古代の軍勢の数字には史料ごとに大きな食い違いがあり、現代の研究者も史料批判を重ねながら推定しています。
それでも。
領域約800万平方キロメートルに及ぶ超大国へ、二十代前半の若者が数万人規模の軍勢を率いて攻め込み、十年ほどで征服してしまった。
この大筋そのものは変わりません。
そう考えてみると、
「リアリティのある物語」
というのは必ずしも、
「現実に起こり得る物語」
と同じではないのかもしれません。
現実世界では、確率がどれだけ低かろうと、起きる時には起きます。
ところが小説では、
「なぜそんな都合のいいことが起きたのか?」
を読者に納得してもらわなければならない。
現実には伏線なんてありません。
作者もいません。
「ここで主人公が勝ったらご都合主義だから、一回負けさせておこう」
などと歴史の神様がプロット調整してくれるわけでもありません。
だから時として、
現実の方が創作より遥かに創作臭い。
アレクサンドロス大王の生涯なんて、その代表例の一つではないでしょうか。
もし彼の人生が完全なフィクションで、紀元前4世紀に実在した人物ではなかったなら。
担当編集者氏はプロットを読み終えて、赤ペンで大きくこう書いていたかもしれません。
「主人公補正強過ぎ。もう少しリアリティを持たせて下さい」
……歴史って、面白いですよね。
【主な参考資料】
・Waldemar Heckel, The Conquests of Alexander the Great, Cambridge University Press.
特にAppendix 2 “Numbers of Troops”。紀元前334年のアレクサンドロス遠征軍について、古代史料ごとの兵力数の相違が整理されています。
・Thomas R. Martin & Christopher W. Blackwell, Alexander the Great: The Story of an Ancient Life, Cambridge University Press.
アケメネス朝について、マケドニア+ギリシア本土のおよそ50倍の領域、約25倍の人口という比較が示されています。
・Kristin Kleber, “Taxation in the Achaemenid Empire,” The Oxford Handbook of Ancient Iran.
アケメネス朝の版図を約800万平方キロメートルとしています。
※古代の人口・兵力については史料上の数字そのものに異同があり、上記の数値も「正確な国勢調査の結果」のような確定値ではありません。本稿では現代研究で提示されている推定・比較値を、読みやすさを優先して概数で紹介しています。
ん?
こんな長文書く暇あるなら本編更新しろ?
......
ま、まあ、おあとが宜しいようで。