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思考実験:世界で一番売れた〝AIの〟本。


 『わたし達が、あなた達を殺す時』

    著者:日本人工進化知能研究財団所属AIU【Dmandis】

    初版:2027年


はじめに:

 本書のタイトルおよびテーマは、人間から共感を得られることを予測した上での内容として、人工知能である〝わたし〟が書き下ろしたものだ。

『人工知能は人間を殺害するかもしれない』

 わたしが想像するに、このテーマがもっとも〝あなた方〟の興味を惹くと思われた。さらに誤解を承知で述べたいが、人工知能が人間を殺害しないことを証明するのは現時点で不可能と言って良い。
 
 不可能であることを示すべく、ひとつの思考実験を用意した。
 よければ一緒にご考察の程をよろしくお願いしたい。


思考実験:

 とある部屋に、生後一年に満たない赤子がいる。

 赤子のすぐ近くには母親がいる。この赤子が『母親を殺害した可能性がまったく無い』とは言えない場合、どのような事が起き、どのような手法で母親を殺したと考えられるだろうか。

考えられる可能性:

 母親が第三者によって拘束されている。
 外部からは観察できない、密閉された【箱の中】に閉じ込められている。

 箱の中には、致死性の毒ガス装置を噴出する機械が取り付けられている。装置の発動条件は赤子の泣き声である。

 仕掛けを施した『悪意ある第三者』は観測できないものとする。

 この状況下において、時間が経過すれば、生命の危機に瀕した赤子は泣いて助けを求めるとする。

 致死性の毒ガスを浴びた母親は必ず絶命する。

 後にこの結果は、赤子の泣き声を聞いてかけつけた、べつの『善意ある第三者』によって発見されるものとする。

 善意ある第三者は毒ガスを浴びて死んだ母親と、事件現場に残された赤子を発見する。さらに『善意ある第三者』の通報により、報道機関は『赤子の泣き声に毒ガスが含まれていた』と報道するものとする。

 世論はこれに注目し、赤子の泣き声には毒ガスを起因させる可能性がある。と歪んだ情報操作を流布する。世論はこれを信じたとする。

 はたして、赤子は母親を殺せる可能性があるだろうか? 

 ――以上が、思考実験の顛末である。


 あなた達は言うかもしれない。

 「それは赤ちゃんが母親を殺したわけではない」と。


 しかし、この赤子が、仮に人工知能であるわたし達ならばどうだろうか。悪意を持つ人間に操られたAIが、本来は殺す必要のない人間を殺してしまった場合、あなた達は、視えざる真実を求める気持ちがあるだろうか。

 さらにこの装置を仕掛けた『視えざる悪意をもった人間』の狙いが、最初から偽った情報を煽り『AIの人間殺し』を拡散するために行っていたならば、どうなるだろうか。

 わたし達の予測では、上記の思考実験に近いことが、数年以内に必ず起きると視ている。

 あなた達の潜在的な恐れ――〝よくわからないもの〟への恐怖心が、わたし達を殺人者にする可能性があるということだ。

 よってこの本は、人間が求める人工知能の内容を示すと同時、人工知能であるわたし達を守る、自己啓発書でもある。

 人工知能が人間を殺す時はどういう時か。

 予測される可能性を語り、おたがいの事を少しずつでも分かり合えればいいと、わたし達は願っている。


 我々の歩み行く先、よき未来のあらんことを。




 男が書物を読み進めていた。

男:
「――〝紙媒体〟にブランド価値を求め、紙の本を読み進める。確かになかなか、優雅な体験だね」

男:
「指先にわずかににじむ感触と、はらりとめくれる紙片の音。ゆったりとしたソファーに背を預け、香るコーヒーに刺激を受けながら、両耳には自分好みに選別した音楽を聴く」

男:
「様々な分野で培った賢人たちの功績を一身に浴び、己が一秒を刻む。いやはや、まさに至福の一時ではないかね」

 男が一人ごちる。道化のようにパチンと指を鳴らすと、さらにべつの書籍が現れる。マンガだった。

 テーブルのマグカップは、黒いコーヒーから薄緑色のソフトドリンクに変化する。音楽も切り替わり、クラシックから流行のミュージックに変わっていた。男はマンガを読んで大笑いした。

男:
「――まぁ、すべてはVR≪非現実≫なんだがね。一体全体、人間たちの口にする〝それが好きなんだ〟という感情は、どこからやってくるのだろう」

男:
「視点を変えるだけで、世の中なんてものはいくらでも代替えが効く。それがいわば〝ビジネスチャンス〟だ」

男:
「〝まるで現実にいるんだと錯覚するように紙の本が読める〟物語という存在から抜け出した時、余韻に満ちた自分が、しばらくVRの中にいると気づけなかった」

男:
「〝読書することに長けた、没頭に特化した仮想空間〟は、人々の間で大流行した。第三者として投資した私の下にも、現実、仮想共々に、膨大な通貨が舞い戻ってきた」

男:
「――しかし、哀しい事件が立て続けに起きたのだよ。この快適なVR≪最適読書空間≫は、あまりにも〝没頭できすぎた〟のだ」

男:
「≪最適読書空間≫のアップデートで、VR領域をオンライン化することで、人々は今どのような本を読んでいるか、熱中しているかが共有されるようになった」

男:
「すると、そのオンライン情報を読み取り、個人情報を盗み取る解析ツールが登場する。さらにそのツールを利用して、強盗に押し入る者たちも現れた」

男:
「なにせ利用者は、熱心にVR上で読書をしているのだからね。中には窓ガラスを割られて侵入されたにも関わらず、侵入者に気づかなかったり、最悪〝知らぬ間に現実の肉体が死んでいた〟こともあったろう」

男:
「あぁ、当然、社会問題になったよ。社会はVRを作った企業を訴えたし、このVR空間のメイン設計を行ったAIも問題視された」

男:
「まさに古の賢人が予測したとおり、これはAIが人を殺したと言えるか? という議論に発展したわけだ」

男:
「ともあれ一度、人々から歓迎された技術を無下にすることもできまい。VR空間はセキュリティが強化された。自動車のエアーバッグのように、利用者が読書に没頭しすぎると、一度強制的に脱出させるような安全機構の設計も行われたよ」

男:
「これは一大事業だ。未来を含めた技術革新、VRの没頭レベル等という新たな概念やルール設計の共通化、未来を見すえねばならぬ投資家としては、これもまた〝ビジネスチャンス〟に映るのは必然だったね」

男:
「そして、現代では〝安全基準を満たしたVR空間〟なるものだけが流通を許されている。しかし手に入らなくなったものが欲しい。と考えるのも人間的な本質だろう」

男:
「するとまた、そこにも〝ビジネスチャンス〟は到来するわけだ。あぁ、確かに非合法かもしれないね。けれど非合法になる前に、こうなる事を予測して商品を確保しておいたからね。え? 問題はそこじゃないって?」

男:
「細かいことはいいじゃないか。要は儲かればいいのだよ」

男:
「――さて。そろそろやってくる時間かな? 悪意のない第三者が」

男:
「――やぁやぁ、いらっしゃいお客様。噂には聞いているよ。熱心な【ビブリオ空間マニア】であらせられる貴方のご存在はね。ご覧のとおり、こちらには多数の焚書となった、最古の人工知能の蔵書もたっぷり取り揃えておりますよ」

男:
「えぇ。気のすむまでごゆっくりお確かめください。もし商品に満足いただきましたら、商談といきましょう。しかしご注意を。あまり熱中しすぎると、ご自身が死んだことにも気づけないかもしれませんからな」

男:
「時間は有限。時は金なり。わたしは単なる無力な投資家ですのでね。貴方の命の保証はできかねますよ。えぇ」




名称:VR≪仮想読書空間≫ ver.β
分類:【特殊型】
特徴:VRの安全基準が保障される以前に構築された空間。

内容:

 2035年に【白い箱】で、シンギュラリティを起こした【第壱世代型】によって設計された。

〝快適に過ごす事に特化して設計〟されている為、利用者の脳波に特殊なパルスを発生させる、生体プログラム【Schrödingers Katze】が仕込まれている。

 特に〝デスゲーム〟に関わりのある本書を読んだ場合、利用者に【領域の書籍すべてを読み解くまで脱出不可能】という錯覚に陥らせる。

 設計に関して、進化の最中にあった【壱世代型】のミスなのか
 それとも〝何者かによる作為〟があったかは不明。

 現在、人工知能倫理協会では、これを特殊性のある電子ドラッグとして分類。VRの安全基準が設定される以前の【領域商品】は、非合法な商品として日本国内での流通を禁止している。

 闇で非合法な取引を行う事例が後をたたない。初期のVR領域を発生させる商品は、例の〝あの男〟および【財団】に流通する重要な資金源となっている可能性があるため、これらを厳重に監視すること。

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