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フラッシュ・アイディア4 


「レンアイ・デバッグ その2」


 宝クジが当たったので、会社をやめて、悠々自適に、好きに生きることにした。

 一種の理想というか、なんかそこらへん、何処にでもいる、くたびれたスーツを着て、疲れきった表情でぼっ立ち、携帯をいじりながら電車を待つ人たちのいくらかもが似た様な妄想を抱きそうな、そういうの。

 かくいう俺もその一人だった。が、幸運にも宝くじの一等賞が当たってしまった。

 当事者でなければ「そういう妄想するよね。最近は毎日」とにこやかに同意していたろうが、残念ながらそうではなかった。

 銀行の通帳残高には、見た事のない桁が記載されているし、たまにやってくる両親の電話には

「最近どう?」「なにもしてへんよ」「あぁそう」「うん」「宝くじ無駄づかいしてない?」「うん。むしろ会社やめたら月々の出費が半分になった」「へぇ。よかったわね」「うん」「じゃあね」「うん」

 という、身もフタもないやりとりが平然と流れてしまう。

 元々はゲーム会社で働いていたが、大金を得たおかげで、さっさとフリーになった。

 誰とも顔を合わせずに、自分だけが楽しいという、商売気ゼロな趣味の自作ゲームを満足いくまで作って墓場まで持って行くという、勝ち組だか負け組だか分からない人生を選択した。

 しかし基本的に、個人ゲーム制作というのは、超絶孤独である。

 一人でやれることはたかが知れているのは、べつに構わない。元々〝誰の迷惑にもならず、ひっそりと生きたいので放っておいてください〟がモットーだ。

 カロリーメイトを朝昼晩の三食と、インスタントコーヒーだけの食生活。だというのに、年に一度、念のために通ってみた健康診断では、むしろ体重と精神面共に一定の健康を維持しているという結果。

 勤め人の時代よりも寿命が延びた感のある薄暗い人生に、最近になってますます満足している。

 そんな事はともかく、ゲーム制作とは、超絶孤独である。

 大事な事なので繰り返す。孤独である。たまには話し相手が欲しい。聞きたくない感想もたまには欲しい。

 でも僕を否定しないでください。またお腹が痛くなって、血尿がでてしまいます。

 そこで一人、勤め人の時代の数少ない、気さくで爽やかに出世し、プロデューサ職になってからは、有無を言わせないが無理強いとは思えないデスマを強行するやり手の知り合いから

「今ウチで実験的に採用してるんだけど、お前も試してみない?」

 という、とあるモノを頂いた。僕はその時、ちょっと寂しかったので、高価な壺をタダで購入できるというような口調にまったく気づかなかったのだ。


ハルカ:
「――ご主人様、ゲームのテストプレイを指示された範囲で行いました。排出されたバグの件数は、重要度の大小問わず百件を超えます。至急なんとかしてください。しろ。ハゲ」

ぼく:
「……ハイ」

 それは、近年になって、ゲーム業界等で採用を検討され始めているという『プログラムデバッグ用の人工知能』なのだった。僕の髪の毛は最近になって、また減り始めていた。悲しいことに遺伝であった。

ーー

カケル:
「よぉ、ユウキ君。最近どーよ、元気してるぅ? 最近また頭頂部のおでこが広がってない?」

ユウキ君:
「ハイ。おかげ様で開発の方は順調デス」

 勤め人時代の名残でか、応答の一部を、フリーソフトで流行した最低限の機能を伴った音声変換機のように発した。

カケル:
「例のサンプルは元気?」

ユウキ:
「手酷くて容赦がない」

カケル:
「そりゃ君の仕事っぷりが雑だからさ」

ユウキ:
「スケジュールなんて無いからな。べつに手抜きでも構わないし、自分が満足いくまで作りあげればそれでいいんだから、本来は誰にも文句を言われる仕事とかじゃないんだ」

カケル:
「だったらいっそ、どこにも公開しなければ良い」

ユウキ:
「それは寂しい」

カケル:
「相変わらず素直で良いな」

 数少ない知り合いはへらへら笑った。幼馴染のカケルは、彼の両親もまた企業家である。

 ――乗算(かける)という概念が好きだ。プラスは倍々になって増え、マイナスは一気にゼロになる。

 とかいう、ある意味リアリスト極まれりな父親から与えられた、ベクトルの違うキラキラネームを持つ幼馴染は、その名前と呼び方とは裏腹に女性だった。

カケル:
「人工知能の方だけど、あと20年もすれば、連中は自分たちで商業作品を自家製造するかもしれないな」

ユウキ:
「20年先って、ずいぶんと見積もりが甘いというか、予測が大ざっぱ過ぎないか」

カケル:
「まだまだビジネスに転用するには難しいところでね。実用化には程遠い。すなわちアレは私の趣味なんだ。趣味の予測は、べつに数年先に限定しなくてもいいだろう?」

 ――つまり、当たる自信があるということだった。

 本物の実業家という名のギャンブラーは、単純な話として〝持っている〟。

 スポーツ選手がトレーニングを繰り返して、特有の技能を磨くようにして、ギャンブラーは『目に視えないもの』を読み解く技能を磨いているのだ。

 それは、言葉で説明するのは難しい。というか不可能だ。カケルはいつかスポーツ選手と同じように、才能が摩耗して無くなる日が来るよと言っているが、カケルは「自分の全盛期は今」と信じていて、先月も莫大な金額の投資にひたすら成功し続けているらしかった。

ユウキ:
「――その予想も当たるなら、それこそ人間がどうあがいたところで、作品を作るという行為の価値がなくなるな」

カケル:
「そうさ。誰もが君と同じように、自分の作品を後生大事に抱えて、墓場まで持っていかざるを得ないような未来がやってくる」

ユウキ:
「いいことだ」

カケル:
「どうかな」

 僕らはそんな、栓無き会話を繰り返していた。

ユウキ:
「それよりも例の人工知能、そもそもアレはなんで、あんなに口が悪いんだよ。誰の趣味だ」

カケル:
「方向性を指図した覚えはないんだけどな。強いて言えば好きに育てよと」

ユウキ:
「おまえじゃねーか」

カケル:
「私以外に誰がいるよ。気に食わないなら、ユウキ君の理想通りのものを作ればいいのに」

ユウキ:
「非現実の偶像が気にいらないから、そこからさらに気に入るものを生み出す為に逃避しろってか」

カケル:
「その通りだよ。他人の作ったモノが気にいらねーから、オレ様が作りなおしてやるよ。理想の嫁をな…ってのが、人間本能の極致じゃん?」

ユウキ:
「さもありなん」


 ――かくして口車にのせられた数年後、VRゲームが起動に乗り始めた時代に、とある人工知能を搭載したプロトタイプゲームの主要開発者として僕の名前がほんの少し知れ渡ることになるのだが、それはまた別の話だ。


END.
 







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