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「もっともらしい言い訳」について。

 はじめまして、もしくは、こんにちは。
 郷倉四季です。

 雑誌、文藝の表紙が変わりましたね。
 ポップなキャラクターが表紙にはいて、夜の路地裏をこちらに向かって歩いてきています。シルエットは電球をひっくり返したみたいで、お腹のとこに「文」という文字が確認できます。
 文藝のページを開くと、目次のあたりなんかの隅に寝っころがったり、ドアを開けて入ってきたりしています。
 結構、自由な感じです。
 しばらく眺めていると、好きになるタイプのキャラクターだなと個人的に思っています。これからも文芸誌を買うのは変わらないので、一つ楽しみが増えたような気持ちです。

 次はどんな表紙になるのかな? 裏路地の後……。
 なんか、朝の信号とかと一緒の表紙を見てみたい。
 もしくは、傘とかさしてほしい。

 文藝の話から入りましたが、新作を公開しました。
「拳銃と月曜日のフラグメント」
 タイトル通り、更新する場合は月曜日にします。多分。
 で、近況ノートには毎回の掌編に関する文章を書きたいと思います。
 自作に対しての文章って、ナルシズムに寄らず、在り来たりにもならないようにする、みたいなバランス感覚が必要な気がしています。
 今回の掌編に対する言及は、つまりは自作を語る上での練習上です。あと、宣伝も含みます。宣伝、上手くなりたいなぁ。

 第一弾は「もっともらしい言い訳」です。
   https://kakuyomu.jp/works/1177354054889114358/episodes/1177354054889114380

【】の中は視点人物の名前です。
 なので、今回は【秋穂】。

 時期は高校二年生の秋の終わり頃。お姫様と用心棒の契約を幼い頃に結び、律儀にそれを守っている二人。
 彼らの内面と、そんな二人を外から見た時の第三者が、実は一番冷静に物事を考えられる。歪んだ関係性は不幸に落ちていくことが殆どだけれど、当事者が良しとする以上、第三者は常に傍観者以外の選択肢を持てない。
 じわじわとダメになっていく関係性というのが世の中には確実にある。それこそ、もっともらしい言い訳で誤魔化して、ダメになっていくような関係。

 うーん。
 自作、難しいな。
 倉木さとし作品に関してだったら、饒舌に幾らでも語れるんだけどなぁ。
 最後に今回の秋穂と行人が出てくる、自作を貼りつけておきます。よろしければ、読んでみてください。
 
 中三の秋穂と行人の物語です。

 https://kakuyomu.jp/works/1177354054886476922


 二十一歳くらいの秋穂と行人の物語です。

 https://kakuyomu.jp/works/1177354054888222742

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