『彼方へと送る一筋の光』24回です。
内容を一言で言うと「お嬢さんを僕にください」です。
そうなんですが、今回の更新部分を一言で言うと。
どうしてこうなった。
です。
いや、どうしていきなりこんなことになったんでしょうね。
ブレイリーとロスマリンは結婚する。
『彼方から届く一筋の光』が先にあって、ロスマリンが禁書を作った「初代」であることがはっきりした段階で、このことは皆さんお判りになっていたと思います。レインの名字がザクセングルスですから。
だから本作の結末は「ロスマリンは宮廷を辞し、レーゲンスベルグのブレイリーの下に嫁いだ」になると思われたのではないでしょうか。
ええ、私だってそのつもりだった。それだけのつもりだった。
なんでいきなりお前バルカロールの婿になってんだ、ブレイリー。
そしてお前があんな出自で、あんな過去を背負っているなんて聞いてないぞおい。
作者が言うのも何なんですが、私自身がそう思っているんですよ。
そんなことになった理由について、今回はかなり長めの言い訳をします。
(※ここから先は、本サイトで掲載時に書いた日記を再構成して転載します)
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私は小説のネタを考える時、自分で「こういう風にしよう」と作為的に展開を自分で決めることは、あまりありません。
「決める」「選ぶ」というより、「浮かんでしまう」ことがほとんどです。
それがなぜかというと、「お前がそう思っているのなら、この後お前はどうするの?」「これが起こったなら、この後どういう展開に発展するのが自然?」「お前はこう行動したけど、その時お前は何考えていたの?」「お前はこう言ってたけど、その意図は何?」などと、状況やキャラたちにひたすら疑問を投げかけて、自分が納得がいく答えが出るまで考えるからです。
そういう風にしてネタをこねていくんです。
本作は長いスランプにはまっていた作品ですが、脱出できるきっかけとなったのは、ひょんなきっかけから「セプタードに視点を移して考え直す」ということを試した見た結果でした。
それをやってみたら、怒濤の如くネタを落としていくネタ神様が降臨しまして、それで一気に本作のプロットを構築し直すことに成功したんです。
そりゃあもう怒濤の如く色々な真相を投下されていったんですが、その中で私、長年の疑問を問いかけました。
『それでも朝日は昇る』本編を書いた時からずっと感じていたんですが、もうこれ以上この世界の話を書くことはないだろうからと、敢えて追求しないでいた疑問を。
カティスに字と馬を教えたの、誰? と。
つまり今回の更新でリフランヌが持ちだしてきた疑問です。
これに対してブレイリーが「俺だ」と答えた。
「俺はカティスにそれを教えられる背景を持っている」と。
『それでも朝日は昇る』本編で、何度かクローズアップされるのが教育の問題。
貧しい者は食べていくだけで精一杯で、満足な教育が受けられない。
だから給金の高い職が得られず、貧困から抜け出せない、と。
でもカティスは字が読めるし馬にも乗れるんです。
どん底の困窮に喘いだ、とあれほどカイルや侯爵に言った男がです。
本編ではスルーしましたが、実はこれ、本当はおかしい。
これは本編書いた当時も悩みました。
端的に言えば、話の都合だったんです。カティスは読み書きできて馬に乗れないと、その後の展開が物凄く不自由になるから。
だから迷った挙げ句、何の説明もせずそういう設定にし、それがどうしてなのかは敢えて追求しませんでした。
当時は内心で「字はアンナ・リヴィアが教えただろう、馬はまあセプタードの父親が教えたことにしておこう」と思っていました。
兄弟同然のカティスとセプタードは、それぞれの親から互いに教育を受けて育ったんだろう、と思うことにしました。
(あまり触れていませんでしたが、セプタードも字が読めます。でなければカイルはセプタードの元にレシピを紙で残してはいかない)
でも、なんです。
本編を書いた時おざなりにしたことが、ここに至って浮上してきました。
そうブレイリーです。
ここに至り、やっぱりこの言葉が出てくる。
あんた、何者なんだ。
どう考えても、お前、ただものじゃない。
お前の持っている教養が下敷きになければ持ち得ない能力は、アンナ・リヴィアやランスロットが教えられるレベルじゃない。
ブレイリー・ザクセングルス。
この男を作者の視点で表現すると「本シリーズにおいて、最も成り上がった登場人物」となります。
正直に言います。ブレイリーは最初は完全なモブでした。
レーゲンスベルグ傭兵団は当初、カティスを取り巻く何人かの傭兵仲間、という立ち位置でしかありませんでした。
第8章レーゲンスベルグ独立の下りって、実は当初からの予定にはなかったんです。多分3、4章書いているあたりでは想定してなかった。
本編は執筆に2年半かかっているので、書き始めた頃の最初のプロットにはなかったところが色々ある。
だからそれまでは、セプタード以外は「カティスの気のいい仲間たち」でしかなかったし、名前のある脇役の一人でしかなかったんです。
が、アイラシェールがエルフルトに頼んでレーゲンスベルグでカティスを探し始めるあたりで、状況が変わってしまいます。
あれは作者の私にとっては大変都合の悪い展開でした。
できればないことにしたい。
でもどう考えたって、アイラシェールがあれを実行しないはずがないんですよ。
スルーできん、ならどうする、で結果が「カティスとカイルが気づかないうちに、誰かが排除した」になる。
そういう人が小さい頃から近くにいたことになる。
それをできるのはセプタードしかいないけど、あいつは常に粉粧楼にいて、カティスが従軍する時、そばにいない設定だ。だとしたら――で白羽の矢が立っちゃったのがブレイリー。
ここで奴が「セプタードと秘密と罪を共有する盟友」に成り上がりました。
そしてそれで終わるはずだったんです。
『彼方から届く一筋の光』を書くまでは。
繰り返しますが、あの話は本編執筆時はまったく想定していませんでした。
ブレイリーは一命を取り留めたものの、その後セプタードとレーゲンスベルグでゆるゆると残りの人生を送ったと、私は思っていました。
ロスマリンと赤の禁書は本編執筆時にすでに想定されていましたし、それを利用して未来へ干渉することもまあ想定内でしたが、それ以外は完全に「まさか」でした。
ロスマリン、そうか、お前ブレイリーと結婚するのか……。
オフェリアはああいう形でしか救済できなかった。
でも、それを叶えるためのレーゲンスベルグとザクセングルスの設定は、実のところ相当力技です。
フォローのためもう一本、中編を書かねばと思うくらいの無茶振りでした。
それでも当時の私は、1200年代のザクセングルスって凄い家だよな、そういう家にまで育て上げたロスマリンは凄い女だったんだな、などと暢気に考えていました。
ええ、休載前までは。
そこから七年たって、ようやく気づいたんです。
本当に凄いのはロスマリンじゃなくて、ブレイリーの方!
一番大変なのは、ロスマリンと結婚する前!
ここら辺の話は、セプタードの視点であらためてゆっくりと記すことにはなるんですけど、端的に言って。
ブレイリーが14年で成し遂げたことって、どう考えても神業ですよ。
ちょっと待てお前何者。
お前本当に貧民なの。
本人はただの事務屋と言うけれど、目の前に積まれた仕事をこなしただけと言うけれど、組織運営力が半端じゃない。
(というか、よほど事務屋が優秀でないと組織って立ちゆかない。それがこの7年で身にしみた)
ブレイリーは傭兵団で字が書けるのは自分だけで、自分が契約やら渉外やらをやるしかなかったと言っていた。
(ブレイリーが帰ってくるまで、どうしてセプタードが傭兵団を預かっていたのか。それは奴が一門の長兄弟子であるという心理的なものもありますが、一番の理由は奴しか読み書きができなかったからです。とりあえず暫定の契約を結ぶにしても、書面を確認したり交わしたりということがセプタードにしかできなかったから。だからウィミィたちが、セプタードに頼み込んだ)
でもそもそも、お前が字が書けるのはなんでだ。
お前もアンナ・リヴィアから習ったとしよう。だが字が書けるだけでは、これだけのことができるはずがない。
これほど鬼のように優秀な事務屋が、無教養なわけがない。
本当にお前、何者なんだよブレイリー・ザクセングルス。
そう思っていた私の思いと、先ほどの「カティスに馬を教えたのは誰なのか」という問いかけがリンクしました。
そこでブレイリーが呟きました。
「俺がカティスに教えた。俺は富裕階級からの転落者だから」と。
というわけで、ブレイリーの出自は、こういうものになったんです。
そう考えないととても納得いかないようなことを、ブレイリーは14年で成し遂げていたんです。
何度言いますが、私は本当に安易に、1200年代のザクセングルスの設定を作ってしまったんです。
本当に安易に「傭兵団は以前とは比べものにならないくらい大きくなった」の一言を書き、それですませてしまった。
自分でも大概に設定変更だとは思いました。
私自身がその瞬間「そんなん聞いていない……」と呟くことになりました。
でも納得もしたんです。お前相当厳しく躾けられ、教育を施されてきた人間だったか、と。
この設定ですが、この瞬間はまだ漠然としか考えていないことでした。
しかし間もなく、本当にふと、ふと気づいたんです。
どうして今まで気づかなかったのか不思議なくらい、当たり前のことに。
七年前のプロットでは、本作は窓から逃げ出したロスマリンと合流したら、それで終わりでした。
後はセプタードがグリマルディ伯爵を倒し、フィデリオが黄門様のように印籠振りかざして場を収拾し、それで終わりだった。
ブレイリーはレーゲンスベルグへ、ロスマリンはアルベルティーヌへそれぞれ帰り、その後プロポーズして結婚。
ロスマリンは侯爵令嬢という立場も何もかも捨て、表舞台から消えた。
そういう予定だったんです。
でも待てよ。
ブレイリー、お前、ロスマリンと一緒にアルベルティーヌに行けばいいじゃん。
ていうかむしろ、なんでロスマリン一人で帰さにゃならんのだよ、一緒に行かない理由が判らん。
お前がアルベルティーヌに行けば『(次回更新で起こること)』が叶うじゃない!
いや、この瞬間マジで泣きました。
次回更新箇所の展開を思いついた瞬間、この話はこれで絶対最後まで書けると思いました。
絶対頓挫しない。このシーンが書きたい、ここを書くためになら絶対頑張れる。
そう思いました。
で、その前段階として、アルベルティーヌに着くよな。
いきなり登城はないよな、まずバルカロール侯爵邸に向かうよな。
当然両親待ってるよな、よし「お嬢さんを僕にください」だな。
そう思った瞬間。
リフランヌが、玄関ホールでブレイリーをひっぱたいた。
そしていきなりデレた。
作者の私が呆然とした。
ええと、その、私は「お嬢さんを僕にください」はエルフルトでやるつもりだったんですけど。
ちゃんとそのネタ、考えてたんですけど。
なぜ突然出てきたのリフランヌ。
なぜ玄関ホールなの。
いきなり何言い出すの。
なんでいきなりブレイリーを婿として認めてんの。
世間様じゃそれ、デレるっていうんだよ
ただただ呆然としたんだけど、一通り考えて思った。
ああこれで、この物語は、決着がついた。
ちゃんとオチがついた。
これならば納得して最後まで書けるだろう、と。
それは物凄くほっとすることでした。
ただ、この予想外の展開をもって、ブレイリーの未来は大分変わってしまいました。
当初の予定では勿論、ロスマリンはバルカロールと絶縁してレーゲンスベルグに嫁に来るはずだったんですが。
なんとブレイリーの方がバルカロールに気に入られてしまったので、図らずも傭兵団長と隠れ貴族の二足の草鞋です。
でもこのことが、七年前はまったく想定していなかった幸せな未来をもたらすことになります。
この話は本作のラストでできると思います。お楽しみにしていただければと思います。
というわけで、次回より本作のクライマックスに入ります。
何が起こるかはここでは申しません。
なぜ私がこのシーンを書きたかったのか、ここで何を叶えたかったのかが、皆様に伝わってほしいと切に願っています。