設定のおさらい
ミツルという存在は、身体的には12歳の少女だが、その内面には21歳の前世・美鶴の意識と記憶が宿っている。
行動理念として、21歳の美鶴は「12歳のミツルを不幸にしたくない」という想いを強く持っている。つまり、子供であるミツルの純粋な感情を傷つけないように、彼女を幸福な方向へ導こうとする心づもりがある。
同時に、「自由への渇望」は21歳の美鶴由来の強い欲求であり、12歳のミツルの中で、それが混ざり合い、ミツルを突き動かしている。
黒鶴の翼は、美鶴にとっての「自由の象徴であり願望が形になったもの」。
ミツルの心理と人間性:
表面的には12歳の少女がヴィルと会話しているが、その言葉や思考は、21歳の美鶴が理性と経験を背景に方向づけていると考えられる。でなければ、あんな口ぶりはできない。
しかし、12歳のミツルの内面には、子供特有の素直さや傷つきやすさ、そして大人の庇護を必要とする弱さも残っている。そのため、ミツルが発する言葉は、時に大人びた展望や思索を含みながらも、微妙に揺らぐ幼さを帯びているという複雑怪奇。
「王族として生きるつもりはない」という発言は、21歳の美鶴の主体的な人生観を感じさせる。美鶴は前世で培った価値観や経験(深淵の血族、始まりの回廊の巫女、解呪という宿願、黒鶴による縛り)から、「与えられた立場や生まれ」によって自分の道が固定されることを拒み、「自由」を最優先する姿勢を明確に打ち出す。
同時に、美鶴は再び幼いミツルとして人生を歩み始めているため、12歳のミツルが縛られない人生を送ることを望んでいる。その結果、ミツルは与えられた身分を「一時的な舞台」や「猶予」として捉え、そこから脱し、真に自分らしく生きる道を探ろうとしている。
この「自由への渇望」は、美鶴由来の強い価値観であり、ミツルが憧れるカテリーナの奔放な生き方は、その象徴といえる。
12歳のミツルにとってカテリーナは、まだ世界を知らぬ子供が心惹かれる理想の「自由人」であり、美鶴にとっては「自分で自分の人生を形づくり、誰にも規定されない」生き方の手本。
こうして、幼い無邪気な憧れ(ミツルの感情)と、明確な人生理念(美鶴の思想)が融合している点がミツルの複雑な人間性を際立たせる。
また、母さまを探すという目的にも、二重の意味合いがある。12歳のミツルには「母親の存在を求める」幼い心の痛みと空白がある。それは親子関係による愛情の欠如という、子供特有の寂しさだ。
一方、21歳の美鶴としては、この世界で得た家族関係や、前世にはなかった新たな絆を回復・確立することが、転生後のアイデンティティ確立に必要だと感じている可能性がある。前世での経験があるゆえに、美鶴は「失われたピースがはまる」ことでアイデンティティが完成するという構図を理解しており、それがミツル(=自分)の幸せに直結すると信じている。
こうした「子供としての愛情不足への渇望」+「成人経験者としてのアイデンティティ再構築」の合わせ技によって、母探しは単なる個人的冒険ではなく、ミツルが自分自身を本当に自由な存在へと成長させるための精神的通過儀礼となっている。
ヴィルの心理と人間性
ヴィルは成熟した男性であり、人生経験を積んだ大人として、ミツルの言葉を静かに受け止めている。彼は決して子供の空想を嘲笑したり、王族としての「正しい生き方」を押しつけたりしない。
その代わり、淡々とした問いかけや寛容な沈黙で、ミツルに考えを深めさせている。ここには、父性や保護者的な情愛は必ずしも明確に示されていないが、彼なりの思いやりや関心、そしてミツルという存在への期待が感じられる。
「退屈しなければいい」という言葉は、一見突き放したようにも思えるが、実際には「お前がどう生きようが、俺はお前が主体的に面白い景色を見せてくれるなら見守る」といった信頼に近いニュアンスを漂わせている。
ヴィルはミツルが単なる12歳の少女として未熟なだけでなく、その背景に並々ならぬ意思があることを感じ取っている。「大人びているくせに、時々子供になる」。
そのため、彼は規定や常識に当てはめるのではなく、「自由な生き方」や「苦労の価値」という大人の視点からのアドバイスを与える、という姿勢になっている。
カテリーナの生き方を例に出した際には、その現実の厳しさを示しつつ、ミツルの憧れを全否定しない。これは、ミツルが自分の道を見出す過程を邪魔せず、内在的にサポートしようとする大人の知恵である。
二人の関係性
ミツルは、内面に21歳の美鶴を宿しているとはいえ、まだ未完成で成長途中の存在である。自由を求める強い意志がありながら、環境による縛り、祖父という庇護者への感謝、王族の立場といった矛盾した状況で揺れている。
一方のヴィルは、そうした揺れ動きや迷いを理解し、ミツルが自主的に選択していくことに価値を見出しているかのよう。彼がミツルに与えるのは「子供扱い」でもなければ「強引な誘導」でもない。その代わり、刺激と暗示めいた言葉によって、ミツルが自分自身で結論を出すことを促している。
このやりとりの中で、ミツルは12歳の純粋さと不安定さを持ちながら、21歳の美鶴としての人生観や価値観を駆使し、必死に「自分らしい生き方」を見つけようとしている。
ヴィルは、その一歩一歩を遠くから見守り、面白い変化を楽しむような懐の深さを持っている。ミツルが「ありがとう、ヴィル」と告げたとき、そこには「理解してくれる大人」への感謝と安心がある。
21歳の美鶴が、12歳のミツルを不幸にしないと決意しているからこそ、ミツルは自身の未熟さを補うような導き手(ヴィル)を歓迎しているとも言える。
総じて、ミツルは二重の精神年齢を内包しながら、自分を縛るものから自由になる道を模索している。21歳の美鶴としての強い意志が先導し、12歳のミツルとしての無垢で傷つきやすい心がそれを支えている。
一方のヴィルは、成熟した余裕と一定の距離感を保ちながら、その過程を理解し、ほんの少し肯定的な色合いを添えることで、ミツルが前へ進むきっかけを与えている。ここに、二者の人間性と心理が織りなす独特の人間関係が浮かび上がっているといえる。