ユベルの低い声が、不意に私の耳元で響いた。
「おい、メイレア。お前には緊張感の欠片も無いのか?」
その言葉に、思わず足を止めて振り向く。けれど彼の険しい表情を前に、ただ首をかしげることしかできなかった。
「へっ? どうして?」
どうしても彼の言いたいことが飲み込めない。眉を寄せてみせる私に、ユベルは深々と溜め息をついた。それからわずかに顔を伏せ、ぽつりと呟く。
「いや……言うだけで無駄だったか」
彼の声は妙に沈んでいて、それが少しだけ癪に触る。
「いいか、俺たちはお尋ね者だってことを忘れるな。目立ってどうするんだ馬鹿」
最後の一言が思いのほか刺さって、私は口を尖らせる。
「馬鹿といいますか? だって楽しいんですから、仕方ないでしょう? 私は馬鹿で結構です」
それがそんなにいけないことなのかと、胸を張ってみせる私に、ユベルはあきれたように額を押さえた。
「お前な……その無駄に明るい顔が余計に目立つってことを、自覚しろと言っているんだ」
不機嫌そうにそう言われても、私としては全く納得がいかない。目立つかどうかなんて気にしていたら、外の世界を満喫する余裕なんてどこにもないじゃないか。
それでも、ユベルが真剣なのは分かっていた。鋭い瞳が周囲を警戒し続けているのを見れば、彼の言いたいことも少しは理解できる。けれど――
「ユベルって、本当に苦労性ですね」
私が何気なくそう言うと、彼の動きが一瞬止まる。そして、再び溜め息をついた。
「……お前を連れていると、確かにそう思わざるを得ない。い、胃薬がほしい……」
彼の言葉はぶっきらぼうだけど、どこか優しさも滲んでいるように感じた。