• 現代ファンタジー

20年前

ユベルの低い声が、不意に私の耳元で響いた。

「おい、メイレア。お前には緊張感の欠片も無いのか?」

 その言葉に、思わず足を止めて振り向く。けれど彼の険しい表情を前に、ただ首をかしげることしかできなかった。

「へっ? どうして?」

 どうしても彼の言いたいことが飲み込めない。眉を寄せてみせる私に、ユベルは深々と溜め息をついた。それからわずかに顔を伏せ、ぽつりと呟く。

「いや……言うだけで無駄だったか」

 彼の声は妙に沈んでいて、それが少しだけ癪に触る。

「いいか、俺たちはお尋ね者だってことを忘れるな。目立ってどうするんだ馬鹿」

 最後の一言が思いのほか刺さって、私は口を尖らせる。

「馬鹿といいますか? だって楽しいんですから、仕方ないでしょう? 私は馬鹿で結構です」

 それがそんなにいけないことなのかと、胸を張ってみせる私に、ユベルはあきれたように額を押さえた。

「お前な……その無駄に明るい顔が余計に目立つってことを、自覚しろと言っているんだ」

 不機嫌そうにそう言われても、私としては全く納得がいかない。目立つかどうかなんて気にしていたら、外の世界を満喫する余裕なんてどこにもないじゃないか。

 それでも、ユベルが真剣なのは分かっていた。鋭い瞳が周囲を警戒し続けているのを見れば、彼の言いたいことも少しは理解できる。けれど――

「ユベルって、本当に苦労性ですね」

 私が何気なくそう言うと、彼の動きが一瞬止まる。そして、再び溜め息をついた。

「……お前を連れていると、確かにそう思わざるを得ない。い、胃薬がほしい……」

 彼の言葉はぶっきらぼうだけど、どこか優しさも滲んでいるように感じた。

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