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”人間は考える葦である”という言葉

超有名すぎて今更説明する必要もないですよね。
フランスの哲学者(数学者とか物理学者とか、いろんな肩書がありますが)として知られるパスカルが著書『パンセ』に記したという言葉をざっくり縮めたものです。
(原文は”L'homme n'est qu'un roseau,le plus faible de la nature;mais c'est un roseau pensant.” これを翻訳に掛けたら”「人間は自然の中で最も弱い葦にすぎない」;しかし、彼は考える葦である。”という感じ)

高3になっても特段「この大学行きたい」とか何も考えていない人間で、「自主性、何それ?」というどんぶらこタイプ(流されて生きるタイプ)だったため、受験する大学も「友人がここ受けるって言ってたなぁ、ほんじゃ私もそこにしよかな」ぐらいの感覚で決めたんですが、さすがにどの学部にするかはちょっと考えました(ちょっとだけど)。
「経済……数字使うの嫌。法律……イマイチ興味持てない。理工系……物理赤点レベルの人間には無理」など考えていったら自然と消去法になっていったのですが、「ここは受けたいな」と唯一思ったのが文学部の中の哲学科でした。

当時学校の授業であった倫理の時間が物凄く面白かったんですよねぇ。
思考することが楽しかった。
はっきりとした答えのないものを延々考え続けることは、明確な答えがないと成立しない受験勉強の中で、ある種の息抜きになっていたような気がします。

世の中の大多数の考えはこっちなのだとしても、こういう考えがあったっていいじゃない? みたいな。

思考することで、ひとつの物事に対して多角的な見方をするトレーニングを積んでる気分になっていたのかも。

「就職のことを考えたらこっちの学部の方がいいと思う」という高校の担任のアドバイスにより、最終的には同じ大学の違う学部に入って、哲学科の授業を受けるというルートを選んだ訳ですが、考えること、考え続けることの面白さを知ることが出来たのは倫理の授業のお陰だと思っています。
なので、「時代や場所や環境や文化や、いろんな状況が違えばそういう考え方もそりゃあるよねー」と、大概のことは思えるようになりました。
(とはいえ先日近況ノートに記したパリオリンピックの開会式は、やっぱり色んな意味で配慮が足らんかったなと今でも思ってますが)

そんな訳で、本日17時に『瞬夏終冬』第25話を公開致します。
大人になるとつまらんこともつまることも、いっぱい考えて、理論武装しないといけない面ってたくさん出てきますが、結局のところは「自分がどうしたいか」を軸に置かないと無理なんですよね……。
そんな大人な葉が自分の心を整理してひとつの答えを出す回です。

隙間時間にでもひょいっと覗きに来ていただけましたら嬉しいです。
よろしくお願い致します。

2件のコメント

  • 知ってますこの言葉は……。

    しかし、私は大人になるまで、
    人間は考える『足』である。 だと思ってました^^;

    音で聴いて知っていただけだったこともあって、
    「ほほう。哲学者だけあって、なかなか粋なことをいうもんだな」と納得してました(笑)
  • >西之園上実さま

    わかりますっ!
    私も響きだけ聞いた時は一瞬「足?脚?どゆこと?」と思ったものです……。

    もっとわかりやすい植物にしてくれたら良いのに……と勝手にパスカルに文句を言ったりしましたが、風に頼りなくそよそよ揺れる感じが非力な人間を彷彿とさせたんですかね……。
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