本居内遠『賤者考』では、勧進比丘尼に寮と巫女はんを入れる。杉浦日向子『百日紅』では、勧進に「うりもの」のルビを当てる。英泉の前の善次郎が、やんちゃチンポを振り回して、その「うりもの」へ手を付けると、うぁっ と言ふのがある。
南方熊楠によれば。
厳密には、投稿欄でのアレ。地方史家のアレがー。
おび―様と呼ばれる、多分葬式で泣くとかの宗教者の女性がゐた。
彼女たちは、白い下著に黒い袈裟みたいなのといふ比丘尼っぽい装束で「りょー」といふ施設(お寺っぽくはないどころか普通の建物らしい)に住んでゐたらしい。他一切が不明。
呼称はお比丘尼様らしいのだが、「ビービー鳴くから」といふ俗説がある。
これについて南方大先生は、その、元来比丘尼マスターを指した「寮」などのタームは他の地域では勧進として零落してゐるが、ここでは本家の比丘尼の習俗が残ってゐると言ってゐる。新人はこめかみと言はれた筈である。(南方熊楠全集第四巻P542~3)
庭火関係の儀礼がどうくっ付くか問題。
凡祢寺 デイ音で「禰」があるか。ねづこ関係と緘口の言訳を(あーぅー)
アレが文章系でも適用できる場合、根性系がこの先流行るわけであるが、さう言ふ場合、吾妻善逸が、「修行は消化しえない」にも拘らず「なんか知らんけど変な根性が出る」ので事態に対処できるとか、と言ふ設定で行けると思ふ。
ビンズマティーがガンジスでポロロッカ たぶん彼女の職業はディーヴァダーシーでなくてクンバダーシー。