『アリーシャ・ヴェーバー、あるいは新井若葉と、歴史の終わり』について、いろいろ語っていくノート。本編はこちら↓
https://kakuyomu.jp/works/16817330666308142925↓↓↓以下、ネタバレ注意↓↓↓
さて、本作9章のタイトルは『スワンプマン』でした。
有名な哲学的命題、スワンプマン。皆さんご存知でしょうか。要約すると以下の通り。
「沼で雷に撃たれて男が死ぬ。同時に謎の化学反応によって、死んだ男とそっくりな男が沼から生まれる。この男は、死んだ男と全く同じ身体的特徴、そして記憶を有している。この男は前の男と同じと言えるか?」
とのこと。これがオリジナルのスワンプマン問題。
しかし、オリジナルの出題そのままだと、「同じではない」と答える人が多そうな気がしています。なんとなく。
死んだ男は死の瞬間の苦痛を感じながら沼に沈んで行って、そのまま忘れ去られることになって、自分のものだったはずの人生を誰かに歩まれているので、それはあまりに忍びないのではと。
とまあ、この論理にも落とし穴はありますが、それはまた別の話。
じゃあ、その「無視されるオリジナルの死」の問題を取っ払ったらどうなる? という出題ではどうでしょうか、というのが本作です。
コピーはオリジナルの死を認識していて、かつ記憶を完全な形で継承している。その場合は、外見的身体的特徴が同じである必要すらありません。
そう、異世界転生です。
さて、この作品。一体スワンプマンが何人出てきたでしょうか?
・この世界の現代で『死んだ』若葉A
をオリジナルとすると、
・若葉Aの記憶を受け取ったアリーシャ
・アリーシャの意識から分離した若葉B
・若葉Bの記憶と意識を分析してシステム上に再現された若葉C
・アリーシャの世界で消えた若葉Bの記憶を受け取った若葉A’
大混乱ですね。
若葉Aと若葉A’の扱いが違う理由は、10章で辿り着いた時空が、元の時空とは少しだけ違う時空なのではという若葉の考察に拠っていますが、本当の所は謎が残ります。
さらには、アリーシャの世界で生きて死んだエックハルトAと、その記憶を受け取ったエックハルトBという、オリジナルとスワンプマンもいます。
このうち、誰と誰が同じ存在と言えるでしょうか?
そして、それはなぜでしょうか?
答えは、皆さんの心の中に……。
なお今回はイラストはありません。悪しからず(笑)