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進歩と反省・第六回偽物川小説大賞を振り返って

今回は第六回偽物川小説大賞の振り返りみたいなのをやっていこうと思います。

投下したのは「CURSE MAKER」と「迷宮にて」の二作。前者が偽のお墓さんの個人賞、後者が銅賞に選ばれました。三回目の偽物川にしてやっと入賞圏内に片足を突っ込めたので、こんな自分でも少しずつ進歩はしているんだなと実感できました。
ただ今回は例年に比べればいくらか参加作品が少なかったこと、テーマが比較的得意なジャンルだったことなどもあり、そういった外的要因の影響も大きかったのだと思います。

とはいえやはり嬉しいものは嬉しい。嬉しいのは嬉しいが、これも例年通り講評をいただいて色々と反省する点も多かった。というかそこに関して言うと今回が一番反省はでかい。そういった部分についてもお話していこうと思います。

カースメーカーは前回も少し触れましたが、まあやりたいことはできていた作品だと思います。ただこれ、投稿日からしてなんとなく察せると思うんですが「うひょおおお偽物川だあああ書け書け書け書けた!公開!楽しいいい!」みたいなテンションだったので、あまり丁寧に展開を練らず勢いで突っ込んだところがある。その結果放棄した伏線がいくつかあるのは事実で、もう一週間くらいしっかり話を練ってればもう少しクオリティを上げれたかもしれない。

そして「迷宮にて」、こっちが本題。僕は作品の批評という点に関して教授さんにはかなりの信頼感があるのですが、それだけに「やってしまった」と思った。
あの人が意図を読み取れなかったということは、そういう読者は十分存在しうるということであるし、それは僕にとっても不本意なことである。
この作品に関しては確かに万人受けを狙ったものではなかったけれど、「刺さらなかった」と「わからなかった」の間には無限の隔たりがある。僕は作品を「わかった」上で読者に評価してもらいたいし、それを求めるにはこの作品はいささか不親切だった。
大変ありがたいことにそういった意図を汲んだうえで大賞に推してくださった方がいたから良かったものの、やはりどこかで自分の中に驕りがあったのだと思う。

この際だから自分が作品に込めた意図を洗いざらい話しておくと、まず「ダンジョンってなんだ?」という問いかけがテーマとしてあって、それを「機械」という答えに接続しようとした。カクヨムにあるようなダンジョン配信ものに限らず、ダンジョン飯とかフリーレンとかそういうファンタジーでも定番になってしまっているものだけど、そういう共通イメージはどこから来ているのかと考えた時、やはりRPGという源流があるのは間違いないと思った。ダンジョンRPGといえばローグライクの系譜である「不思議のダンジョン」シリーズと「世界樹の迷宮」などに代表されるウィザードリィライクの二派が日本では主流だと思うが、そういったものからいくつかの要素をかいつまんで純ファンタジーの世界で再構築し、その結果生じる世界観との摩擦を機械性の表れとして表現したかった。実は一作目のカースメーカーというキーワードもそれを示唆する前置きだったのだけど多分誰にも気づかれていない。そういうニッチなものを詰め込んで自己満足に浸ってしまった。それを自覚せず必要なアプローチを怠った。

じゃあどうすれば良かったのか、と考えるけれど、多分そういう作品を書こうとした時点で一部の理解は諦めるしかなかった。自分なりに人間ドラマの部分を厚くして詳しくはわからない人でも楽しめるようにしたつもりだったが、それは作品そのものの文体と大きく矛盾する。それを力づくで納得させるほどの筆力はまだなかったんだろう。
でもそういう気分でいたから後語りで少し触れてもらえてとても嬉しかった。ありがとうございます。

入賞したくせにごちゃごちゃとネガティブなことばかり言っていますが、そういう気づきも含めてやっぱり偽物川は楽しい。ちょっと奇をてらい過ぎたかなということころがあるので、正拳で全てを粉砕できるくらいの力が欲しい。
そういう意味では大賞受賞作は僕もイチオシの作品だったので妙な満足感があります。

進歩と反省、圧倒的に反省の割合が多かったですがまあこんなところですかね。長々とお付き合いいただきありがとうございました。

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