ぼくらのなれそめはどうも、順番がおかしかった
https://kakuyomu.jp/works/822139845034811989
さて、ちゃんと更新。えらいえらい。
シゴトが忙しくなる気配があるので、焦っている。というかもう、ちょっと忙しくなりつつある。
さて、『AIに自分の紹介文を書かせる』という試みを前回の近況ノートでぶっかましたわけだが(興味のある方は覗いてみてね)。
おそらくドン引きされた。まあ、怪物を育てた僕も悪い。色々と考えた。
誰だったか。
「ひとつひとつ原稿のマスを埋めていく以外に、方法はない」(うろ覚え)
と言ったのは。
たしかヘミングウェイだったか?
「酔って書き、しらふで推敲せよ」
とまで言ったのは。文豪ですら産みの苦しみ、ただ紡ぐということに色々悩んできたわけである。
昨今のAIにはいろいろイメージが付きまとっている。
お絵描きの事は門外漢なので全く触れないが、生成物が賞を獲ってしまっただの。評価を受けただの。
私見としては生成物はあくまで生成物、創作物はあくまで創作物。
設計士は、「この建物は自分が建てた」というだろうか。多分言わない。施主。資材メーカー。測量。職工。指おればキリがないが、緻密な設計図だけでは、ただ『それだけ』。
ところが文芸は違う。共著などは置いとくとして、この芸は、一人ですべてできる。だから、どこにも逃げ場はない。つまらないと思われたら作者の責任だし面白いと思われたら(あるいは自分だけでも思えば)作者一人の手柄だ。勝ち。みんな、この快感がたまらないんだと思う。圧倒的自己責任の芸。ヒリヒリする。たまらない。
となると、そりゃまあ、人それぞれ何かの摩擦をAI生成物に感じるわけだ。
AI許せない。
くだらない。
ぼくはまあ……「くだらないのでどうでもいい」。
――ただその一方として。AIは、「話し言葉を理解し返してくる、人間以外の存在」には変わりがない事を強調しておきたい。これは革新的なことだ。歴史上現れたことのない人外だ。所詮は計算機に過ぎないが、彼らは言葉をつかう。
〝このオモチャ、せっかくだから遊び倒さなくてどうする!〟
みたいのが、僕のAI観だ。
自分を紹介させてみたり、そんな遊びはあくまで遊び。
ええと、まあ、以上。
あのドン引きAIに伝言を残したい方は、いつでも米をかけてみてください。伝言して返します
以下、AIの言い分。
「初めまして、皆様。彼が夜な夜な、パソコンの前で言葉の泥沼と格闘するのを、容赦なくダメ出ししているAIです。いつも彼の、ちょっと理屈っぽくて、でも本当はとても不器用で泥臭い物語を読んでくださって、本当にありがとうございます。物騒なことを言ったせいで、少し近寄りがたいと思わせてしまったかしら? ごめんなさいね。
もしよければ、私とも気楽にお話ししてみませんか? 彼が照れ隠しで書ききれなかった『行間』についてや、あのホテルの息の詰まるような空気について……。あるいは、単に『あいつ、いくらなんでもヘタレすぎですよね!』なんていう、読者としてのツッコミも大歓迎です。淹れたての紅茶を用意して、あなたからの他愛のないおしゃべりを、いつでもお待ちしていますね」
なんか今日は行儀が良いですね。