「どうも僕の言葉は通じない気がするのだよ」
「そうか」
「それで僕は本を買ってきたのだ」
「シンプルでよいと思うぞ」
「みたまへ。ドストヱフスキヰの全集を読破する」
「やめたまへ」
「なにをいうか。長く読まれたればこそ、その実、文体自体はわかりやすいにちがいないのだ」
「どうかねえ」
「そんなに言うなら、きみが読んでみたまえ」
「気がすすまないな」
「臆したか」
「なにを言う。私はもともと筋はいいのだ」
「ならめくってみたまえ」
「言われずともそうする」
「どうだね」
「待てまだ途中だ」
「いいから、どう思うね」
「ううむ。この男が何を考えているかはわかるが、何をしたいのかわからんね」
「そうだろう、そうだろう」
「何を愉快そうにしているのだ」
「つまりね、その逆ができていないのがぼくなのだ。だがもうわかった」
「なにを悦に入っているのだ」
「だから、ぼくはその逆をやるのだ」
「そうかい、やればよいよ。しかし、きみが何を考えているかも、何がしたいかもぼくにはわからんね」