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「花旦綺羅演戯」裏話⑧清代の演劇学校「科班」について

「花旦綺羅演戯 ~娘役者は後宮に舞う~」(https://kakuyomu.jp/works/16817330647645850625)、本日更新分で前半部分終了となりました。ここまでで意味ありげに出てきた名前やエピソードが収束したのではないかと思います。
 後半では、帝位を脅かす陰謀に対し、歌って踊るしかできない小娘たちに何ができるのか……!? というあたりが焦点になります。前半部分も歌舞の描写には力を入れましたが、後宮ならではの陰謀劇の中にも華やかで美しい描写はきっちり織り込んでおります。前半以上に密度の濃い物語になっているはずですので、引き続きお楽しみいただけますように。
 なお、12月29日~1月3日は毎日2回、朝晩の更新とさせていただきます。コレクションに纏めた短編作品と併せて(https://kakuyomu.jp/users/Veilchen/collections/16817330650236183751)、年末年始のお供にしていただけると幸いです!


 今回の花旦綺羅~の裏話は、清代の演劇学校「科班」について。

 京劇の発生当初、および京劇の前身となる各種地方演劇において、芸の伝承は主に師匠から弟子、あるいは父から子へと一子相伝的に伝えられてきました。が、清朝宮廷での京劇の流行およびそれに伴う需要の拡大に応えて、体系的かつ効率的に役者を養成するために設立されたのが「科班」です。需要に応えて、というからにはもちろん養成する人数も重要なのですが、体系的に、とはどういうことかといいますと、従来の徒弟制だと師や親の芸は本人の死に伴って失われる危険が大いにあったからです。

 たびたび京劇と歌舞伎を対比するのですが、芸の伝承においても両者には大きな相違があります。歌舞伎でよく言う〇代目〇〇は、京劇においてはありません。名優の子が役者を志すことはもちろんあるのですが、名優の芸は本人限りのものであって、実子であっても独自の芸を築かねばならない、一人一派が京劇の思想だそうです。唱法などを指して〇〇派と呼ぶことはあるようですが、ある家の「色」やそれに伴う「名」を継承していくということはないそうです。「科班」成立の背景も、恐らくはここに求められるように思います。最終的な芸風の確立は本人次第、となれば名優の芸のすべてが伝えられる訳ではなく、弟子の人数も限られるし「授業」の内容も系統だったものではない(書物や文字にも残り辛い)──となれば伝統芸能の継承という観点では不安があるだろう、と推測できます。「科班」の成立はこの辺りの不安を補うためでもあったのではないでしょうか。

 「科班」の授業内容を見ると、花旦綺羅~の作中でも描写した毯子功《ダンツーゴン》などの基本功や実演に加えて、生徒の精神面の修養も重視されたそうです。作中で隼瓊が語った「芸の高きは徳の高きに如かず」は、まさに代表的な「科班」である富連成社でモットーとして掲げられたことから取っています。(つまりは、当時は徳に欠ける役者もしばしばいたということのようですが、まあうん)より質の高い演技のための人間的な素養から叩き込む、ということなのでしょう。
 また、詩牙パパが燦珠に語った「千練不如一串──千回の鍛錬も一度の実演には及ばない」も富連成社の教えです。精神的、肉体的、そして実践的な教育が施されていたことが窺えるのではないでしょうか。
 複数の教師が複数の生徒を見る、という環境は、資質の見極めや個性の伸ばしやすさという点でも明らかにメリットがあるだろうと思います。「科班」の存在は、京劇が中国を代表する伝統芸能の位置を占めるのに大きな役割を果たしたのかもしれません。

 ただ、「科班」が徒弟制時代からの悪習と完全に自由であったかというとそうでもなく、喜燕が味わった「不打不成材──叩かなければものにならない」の思想のもとに、重い体罰が行われた面もあったようです。
 ちなみに、喜燕が教えられた「同行是冤家──役者同士は仇同士」は、演劇とは関係ない中国語の格言です。行=業ということで、同業者は敵、が本来のニュアンスですね。ただ、京劇の役どころを行当というので、「行」を役者と解釈するのもできなくはないかな、と思って使用しています。

 作中世界の状況としては、市井の役者は徒弟制を維持しつつ、秘華園や権門の内部では演劇学校のようなシステムが出来上がっているようです。(まあぶっちゃけ秘華園については宝塚音楽学校を想定している部分も大きいですが)授業内容の充実度や悪習部分についても、新旧の良いところと悪いところが混在している、過渡期的な感じかもしれません。燦珠の存在は、市井と宮廷の教育環境の距離を縮めたり、洗練させたりする要因になれるかもしれないですね。

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