どうも、茶畑紅です。
さて、早速ですが、明日は早くに出かけて遅くに帰ってくる予定なので、あげられない可能性が高いです。一応出来るだけ頑張りますが、あげられなかったらすみません、お休みとさせていただきます。
今回の短編ですが、時間がなさ過ぎてまた終わりがすっきりしないものになってしまいました。もっと綺麗な終わり方に慣れないといけませんね。これからも日々頑張ろうと思います。では、茶畑紅でした。
以下短編です。
・短編 ワード『排気口』『歌唱力』
俺はいわゆる社畜というやつだ。
朝早くに起きて出勤し、汗水たらして会社のために働き、夜遅い時間に帰って、倒れるように寝る。あ、もちろん洗顔や風呂や歯磨きはしてるぞ。結婚する気はあるから、身だしなみには気をつけてるんだ。
だけど、そんな社畜として会社と自宅を往復するだけの日々に、出会いなんてあるわけがない。合コンなどの話はそもそもあがらないし、周りも独身だらけ。まったく結婚できる気はしなかった。
しかし、それでも良いんだ。別に、絶対に結婚はすると決めているわけではないし、独身なら独身の楽しみ方がある。寂しくはあるけれど、独身貴族という道も悪くはないはずだ。……まあ、寂しいは寂しいのだけど。
と、そんな風にやさぐれかけている俺に、ある日素敵な出会い……もとい、素敵な声との出会いがあった。
俺の帰り道は近道をすると、自然と家の周りをぐるりと一周する道を通ることになる。
その日も同じように、近道のために自分の住んでいるアパートの後ろ側を通っていたときのことだ。俺の部屋の隣に位置する部屋の背後に来たとき、耳に微かなメロディーを捉えたのだ。
働き詰めでおかしくなっていた俺は、吸い寄せられるようにそのメロディーを辿って、家の裏側から隣の部屋へと近づいた。すると排気口から、驚くほどの歌唱力を持った歌が聞こえてきたのだ。
俺は心臓をドクンと脈打たせた。その歌と声に、魅了されていた。
実を言うと、俺は酷い声フェチだ。ようするに、女性の声にこだわりを持っている。
そのこだわりに、その声はぴったりと当てはまったのだ。まさに、俺の理想の声を持った女性だったというわけだ。
俺は思わず聞き入ってしまって、彼女が歌うのをやめるまで、約2時間もの間にわたって家の裏手で耳を済ませ続けていた。今思えば、完全に不審者だったし誰かに見つかっていたら通報されていたかもしれない。
その日はそのまま、浮かれたように家に帰り、ボーっとしたままベッドに入って、次の日普通に寝坊して遅刻して怒られた。
それから、俺は毎日のように家の裏手で立ち止まってその歌声を聞いていた。
どうも、微かに聞こえる話し声から、彼女は動画配信サイトで配信しながら歌っている人みたいだ。決まって彼女は俺が会社から帰る遅い時間帯に放送をして、2.3時間すばらしい歌唱力を響かせてから終えるみたいだ。通報されないように、大体毎日20分程度足を止めるくらいで、聞き続けたことでわかった。
それに気付いた俺は、ありとあらゆる動画配信サイトで彼女を探そうとしたが、彼女らしき人物を見つけるには至らなかった。
そんな日々がひと月ほど続き、俺はいい加減やめようと今更ながらに思っていた。
だって、毎日歌を歌っているのを、見ず知らずの隣人に聞かれているなんて気持ち悪いだろう? 俺の住んでいるアパートは防音仕様で、彼女だって排気口から声が漏れているだなんて思ってもいないはずだ。そう考えたら、すごく罪悪感に襲われたのだ。
しかし、やはりあの声を聞けなくなってしまうのは惜しい。そう考えている俺もいた。せっかく出会えた理想の声なのだから、捕まっても良い気持ちで聞き続けたら良いと。俺の中の欲望という名の悪魔が囁いてくるのだ。
そんな相反する気持ちに板ばさみになりながら、俺は今日も帰路に着いた。今日は絶対に立ち止まらずに帰ろう。そう決めて。
電車を降りて、歩いて20分。ようやく自宅の裏手に回ったとき、俺は耳を疑った。何かおかしなものを聞いたからではない。何も聞こえなかったからだ。今まで毎日欠かさず聞こえていた歌声が、今日はまったく聞き取れなかったのだ。
何かあったのだろうか。そう一瞬焦ったが、落ち着いて考える。たった一日歌声が聞こえなかったくらいで、何を心配することがあるのか。ただ出かけているだけかもしれないし、そう言う気分じゃなかっただけかもしれない。
そもそも、俺が心配したところでどうしようもない。突然押しかけて、「いつも素敵な歌を歌っていらっしゃるのに、今日はどうしたんですか!?」なんて言ったら、まず間違いなく捕まってしまうだろう。
心配ではあるけれど、我慢して家へ帰ろう。そう考えて俺は面へ回って自分の部屋へ続く廊下を歩いた。隣の部屋を抜けるとき、思わず少し立ち止まって扉を眺めてしまう。
このとき俺はぼーっとしていたから、気付くのに遅れてしまった。
突然眺めていた扉が開き、すらっとしたスタイルの女性が顔を出した。多分、大学生くらいの歳だ。
また、俺の胸は大きく脈打った。まさか声だけでなく、顔まで好みだったとは……。
彼女のほうも俺に気付き、しばらく不審げな目を向けて、ハッとして俺のほうに駆け寄ってくる。
「す、すみません! 何も考えずドアを開いてしまって……怪我はなかったですか!?」
ずずいと顔を寄せて、彼女はそう言った。
どうやら、俺が前を通るタイミングでドアを開き、ぶつけてしまったのではないかと思ったようだった。俺はそのことを理解しながらも、正気で入られなかった。
声が! 声が間近で!! 最高すぎるっ!!
半ば放心状態で、「……本当に大丈夫ですか?」なんて言って怪訝そうな顔で囁く彼女の声音の美しさに浸った。
俺も今気付いたかのようにはっとして、慌てて謝った。
「い、いえ! 驚いて立ち止まってしまっただけなので何も怪我とかはありません!」
慌てて捲くし立てた。
彼女はその言葉を聴いて、ほっと胸を撫で下ろしていたようだった。なんだか、その仕草もすごく魅力的に見えてきた。
そうして、「驚かせて済みませんでした」と改めて謝った彼女は、俺の横を申し訳なさそうに通り抜けようとした。
このまま見過ごしてはいけない。そう感じて、思わず声を掛けてしまっていた。
「あ、あの!」
「……え、はい?」
伝えることは考えていなかったけれど、必死になって取り繕った。
「じ、実は前々から聞いてみようと思っていたのですけど! 俺料理をするのが好きで、作りすぎてあまってしまうことがよくあるんです! よければ、おすそ分けとか、してもいいですか……?」
嘘ではない。独身ながらも節約しようと、それなりに料理に関しては努力している。ほとんど趣味といってもいいくらいだ。作りすぎる事だって……ある……かもしれない。
ほぼだめもとで聞いてみたつもりだった。だけど彼女は。
「え! そうなんですか!? ぜひお願いします! こう見えて私、料理苦手なので助かります!」
よかった……。と、胸を撫で下ろした。
そうして、彼女はそれではまたと去ってしまった。
残された俺は一人でガッツポーズ。だけど、胸は高鳴りすぎて、息苦しさすらあった。実を言うと、初恋、なんだ。
拳を握り締めて、これから頑張ろうと意気込んだ。
そうして、俺の淡い初恋の物語は始まったのだった。