どうも、茶畑紅です。
今回の短編ですが、あらすじをそんなに決めずに直感でまた書いて見ました。そうしたら、なぜか以前のようにごちゃごちゃになったりせず、それなりに纏まって書き終えることが出来た気がします。毎日毎日短編を書き続けた成果なのか、単純に僕はこういう話が得意なのか、はわかりませんが、成長しているのは確かな気がします。実感したら、俄然やる気が出てきました。明日からも頑張っていこうと思います。
茶畑紅でした。
以下短編です。
・短編 ワード『防犯ブザー』『金平糖』
僕は、亡くなった妻の元気な姿を一目見たくて、過去に戻ってきた。
過去に戻る技術は数年前に開発され、安全性も確認されている。お金さえ払えば、一般人でもその技術を利用できる。もちろん、かかる金額はかなり高額にはなるが……。
そんな高額のお金を掛けてまで僕が過去に戻ってきた理由は、妻の亡くなる未来を変えるためではない。というか、未来を変える行為は重罪とされているから、したくても出来ないのが正直なところ。だから、さっきも言ったとおりただ元気な姿を一目見てみたかっただけだったのだ。
だけど、僕は今非常に危機的状況に陥ってしまっている。
どうしたら今この状況から脱せるのか、まったくもってわからない。下手をしたら、未来を変えるという犯罪行為に及んでしまう可能性もある。
額に冷や汗を垂らしながら、僕は正面に立つ、ランドセルを背負って、後ろ手に防犯ブザーを握った女の子をどうなだめるか考えた。
「……おじさん、不審者?」
女の子の直接的な物言いに、僕は少したじろぐ。声を少し聞いただけで、懐かしさを覚えた。ああ、やはりこの女の子は僕の捜し求めていた人物なのだろう、と。
「あ、怪しいものじゃないよ。本当だよ」
「その答えがもう怪しすぎるけど……」
ですよね。僕もそう思う。
なんて自嘲しながら、どうしてこうなってしまったのかを考える。
まず、過去に戻る装置と言うのが、そもそも数年前の開発されたばかりの新しい装置で、欠点が山ほどある。過去でもし事故などに遭っても、強制的に現代に引き戻す機能が備わっているから安全性は保障されているんだけど、問題なのは到着する時間と場所が曖昧なことだ。ある程度過去に戻る前に決められはするのだけど、過去の例で言えば10年前を指定したのに100年も昔に飛ばされてしまった。何てことも会ったらしい。場所も同様で、海の上に投げ出された何てことも……。
ただ、僕の場合場所はそれほど間違ってはいなかった。妻の近く、そう設定したからむしろ完璧といってもいい。完璧すぎて、妻の踏み出した足の下にいたわけだけど……。
ともかく、それはいいとして……いやよくないけど、問題は時間のほうだった。僕は、妻が僕と結婚する前を指定したのに、ついたのは妻が小学生の頃。100年前、なんてことにならなかったのはよかったけれど、それにしたって誤差が大きすぎると思う。
そうして、その二つの結果。僕はいま小学生となった妻に警戒され、距離をとられてあろうことか防犯ブザーを鳴らされようとしているというわけだった。うん、かなり詰んでいる気がする。
「あ、あぁー、ええっと、お、お譲ちゃん。あ、甘いお菓子、食べる?」
「……おじさん、ブザーならすね」
「まままま、まって! お願い! それだけはやめて!!」
落ち着かせようとして言ったのだけど、言動がどう考えても不審者のそれだった。
案の定妻も防犯ブザーに添えていた手に力を入れようとする。僕は慌てて止めに入った。
混乱しすぎて、思わず変なことを口走ってしまう。どうしたらこの現状を治められるのだろう。と言うか、こんなに接触して未来は変わらないだろうか。僕は捕まってしまうのだろうか。
もうおろおろするしか僕にはできなかった。だけど、妻は一つ大きな溜息をついてから、僕を見やった。
「……はぁ、それでおじさん、私に何か用なの?」
「……え? いいの? 僕しゃべっても」
「うん、悪い人じゃなさそうだし。といっても、完全に信用したわけじゃないから、少しでも不振な動きしたらブザー鳴らすけど」
警戒した様子は崩さなかったけれど、どうやら発言権をもらえたようだ。
そういえば妻は昔からそう言う人だった。初対面の相手でも、その目を見ることで大体の人となりを把握していた。その片鱗は、子供の頃から垣間見えていたらしい。
「えっと、君に渡したい物があるんだ」
「なに?」
「これ、なんだけど……」
過去に戻る際、衣服以外に一つだけ好きなものを持ち込むことを許される。僕がもちこんだそれをポケットから取り出して、妻に見せた。透明なビンの中に赤白青などの色に染まった、カラフルで小さいぶつぶつしたお菓子が入っていた。
「……金平糖?」
「そう。僕の手作りなんだ」
「え、金平糖って手作りできるの!?」
「うん。かなり手間はかかったけどね……」
作り方を調べて、絶望したことを思い出す。金平糖の作り方があんなに難しいとは思っていなかった。
それでも、妻に食べてもらいたくて、一生懸命頑張ったんだ。理由は、金平糖を食べて笑う妻の顔が一番好きだったから。もう一度見てみたかったから……。
「金平糖は私の大好物なの!」
うん。知ってる。
心の中でそう答えて、駆け寄ってきた妻にビンごと渡す。もう警戒するのはやめたようで、防犯ブザーは握っていなかった。
「……これ、私が食べていいの?」
「いいよ。ある人に食べてもらいたかったけど、それはもう無理だからね」
本当は、妻が亡くなる前に食べさせたくて作る練習をしていたのだけど、綺麗に作れるようになるまでに彼女は僕の元を去ってしまったから。
「ふーん? じゃあありがたく貰うね」
妻は遠慮なくビンの蓋を開け、小さな指を突っ込んで一つ金平糖を摘まんだ。すぐに口に放り込むことはせず、摘まんだまま太陽にかざしてみていた。
その顔はうっとりとした様子で、また懐かしさを覚える。妻はいつも、食べる前にそうしていたから。
「すごい! おいしい!」
眺めるのは満足したらしく、口にぽいっと放り込むと、砂糖の塊を砕く小気味良い音を響かせて金平糖を食べていた。そうして、僕に向けられた花のような笑顔は、生前の妻とそっくりだった。
自然と、僕の瞳からは一筋の涙がこぼれていた。
「あれ……? おじさん、どうしたの?」
「……いや、なんでもないんだ。ありがとうね」
「うん? それはこっちの台詞じゃない?」
可愛らしく小首をかしげる妻を見て、僕は顔を綻ばしてしまった。
本当に過去に戻ってみてよかった。これでもう妻に対する未練はなくなった。彼女の笑顔を胸秘めておけば、きっとまだまだ先の長いこの人生を生きていけるはず。これ以上ないくらい満足だった。
僕がしみじみとそう思っていると、上着のすそを軽く引っ張られた。
「ねえおじさん。また会えたりする?」
その妻からの問いに、僕は困り顔で返す。
「……それは出来ないんだ。ごめんね」
「そう。じゃあ、またね、だね」
「僕の話聞いてた?」
呆れたように僕が言うと、妻は得意げな顔をみせた。
「私、おじさんとはまた会える気がしてるから。私の勘はよく当たるのよ?」
その言い方は、今までで一番生前の妻によく似ていた。
そんなことを思ってしまった僕は、早々に未来へと帰ることを決めた。これ以上いたら、彼女の姿をもっと見ていたいと思ってしまいそうだったから。
「……そっか。僕もなんだかそんな気がしてきたよ。じゃあ改めて――またね」
「うん。またね」
そう言って、僕は僕のいるべき時間へと戻った。
きっと僕は、生涯このときのことを忘れないと思う。妻はもういないけれど、きっと空の上でずっと僕のことを見守ってくれている。だったら、僕は強く今を生きていこう。そう思うのだった。