どうも、茶畑紅です。
今回で16回目。もう20回も目前ですね。
今日もまた時間がないので、近況報告は省略で、早速短編のほうに行きたいと思います。
今回の短編はホラーなので、苦手な人は注意してください。時間もなかったので駆け足ですが、起承転結はうまく出来ていると思うので、よかったら見てあげてください。
・短編 お題『ワンルームマンション』『激安』
「ここが新しい俺の部屋か。内見の時にも思ったが、別に普通だよな。てかむしろ綺麗過ぎ」
リフォームしたばかりのような、真新しい内装の部屋を見回しながら一人で呟いた。
俺は先日まで、家賃と交通費を切り詰める為に、不動産屋で引っ越す場所を探していた。条件は、職場から徒歩でいける距離なことと、出来るだけ安くということだけ。それにぴったりだと紹介されたのが、この部屋だった。
都内のワンルームマンション。1Kのバストイレ別で、広さはだいたい7.5畳ほど。一人暮らしの間取りとしてはオーソドックスなタイプだと思う。
俺はその物件の場所と家賃を聞いて即断で決定した。職場から徒歩10分ほどの距離だったし、何より家賃が激安だったからだ。
なんとそのお値段、月々2万円弱。都内なら絶対ありえないと驚愕するくらい安い金額だろう。そのくせ、中はオンボロというわけではなく、築年数6年のほとんど新築といってもいいくらいのもの。しかも、壁紙や床材も張り替えてくれてある。
何故そんなに安いのかだけど、もちろん理由がある。
端的に言えば、この部屋は事故物件らしい。要するに、以前住んでいた人が亡くなったということだ。それもつい最近に。
それでは買い手がつかないと思ったらしい管理人が、値段を吊り下げ、そのタイミングで事故物件なんて気にしない俺が不動産を訪問した。非常に運がよかったというわけだ。
そうして、俺はここに住むことを決め、ようやく今日引越し作業が終了したのだった。
「でも、まだ全部ダンボールなんだよなぁ」
溜息を吐きながら、部屋の隅に積み上げられたダンボールの山を見る。
引越しは終えたけれど、大きな家具以外の物はまだダンボールに入ったまま。それらを取り出し、綺麗に並べていくのはきっとしまった時より骨が折れるだろう。正直、あの中身を見たくない。
億劫な気持ちになりながら、俺はベッドに体を投げ打った。疲れているし、明日は月曜日で仕事があるのだ。早めに寝ないと体が持たないだろう。
そう考えて、次第にまどろみ始める頭をシャットアウトした。
※
起きたのは、まだ夜中だった。
「――なんだっ!?」
掛け布団を放って上体を起こし、辺りを確認する。
部屋の中から、ギィと何かが軋むような音が聞こえたからだ。もしかしたら、疲労とはじめての部屋ということで鍵を閉め忘れて、さっそく空き巣が入ってきたのかと考えた。
だけど、その予想は違ったようだ。
「誰もいない、よな……? じゃあ今の音は――っ!?」
今度はガタンと何かが倒れる音。続けて先ほどと同様の軋むような音が断続的に響いた。
一瞬積みあがったダンボールが落ちたのかと思ったが、どうもそうではないらしい。音の出所は部屋の中央辺りだった。
「怪奇現象……」
呟いて、冷や汗を背中に垂らしながら身構える。何か悪いことが起きたら、すぐに部屋の外へ逃げられるようにだ。
しかし、やがてその音は止み、部屋の中は静かになった。
「なんだ、音だけのパターンか……」
安堵の息を吐いて掛け布団を被り直し、少し鼓動の早くなった心臓を落ち着けるために深呼吸を繰り返した。
驚いたけれど、予想はしていたことだ。俺はオカルトを信じている人間だから、こういったことは起こりうるだろうと思っていた。その上で、俺はこの部屋を選んだのだ。このくらいは想定の範囲内だった。
問題はその危害が俺に及ぶかどうかだったが、ポルターガイスト的なものではなさそうだったし、恐らく音だけで終わりのタイプなのだろうと考えた。それなら別に危険はないし、俺にとっては問題にならない。少し我慢したらいいだけだ。
そう結論付けて、その日は深く考えずに眠りについたのだった。
※
そんなことがあった日から、ひと月が経った。新しい部屋での生活は、順風満帆といった感じだ。
ダンボールはあらかた片付け終え、部屋は男の一人暮らしにしてはこぎれいくらいになっているし、職場への通勤も快適でストレスも今のところはない。給料についても、家賃が下がり交通費もなくなったことで、自由に使えるお金が増えた。本当に引っ越してよかったと、心から感じている。
問題のあの音についてだが、残念なことにそれは毎日起こった。あの日とまったく同じ時間に、まったく同じように音がなる。軋むような音と、何かが倒れるような音。部屋の中央から聞こえるそれは嫌でも耳につくから、毎日へんな時間に起こされることになるが、予想通り音しか被害がないから、少し我慢するだけでまったくストレスにはならない。というより、この部屋に引っ越したことで得られるメリットが、そのデメリットを打ち消していた。
「今俺以上に幸せな人は何人いるんだろうな」
と、くだらないことを考えてしまうくらいには、満足していた。
そんなある日、職場で同僚からある噂を耳にした。
「そういやさ、少し前にこの付近で自殺した人がいたらしいぞ」
お昼の休憩時間に、昼食を食べ終えて一服している同僚が言った。
俺は同じようにタバコに火をつけ、煙をふかしながら聞く。
「それっていつの話だ?」
「あー、大体ふた月くらい前だったかな?」
予想していたが、案の定俺の部屋が不動産に出されたのと同じくらいの時期だった。確証はないが、十中八九以前住んでいたあの部屋の住人のことだろうと確信していた。
「理由はなんだったんだ?」
「仕事先でトラブってクビになったかららしい。どうも、取り返しのつかないようなことをして、多額の損害賠償が求められてたとか」
「……聞いといてなんだが、どうしてそんなことまで知ってるんだ?」
「実家がこの辺だって言う、同じ課の女の子に聞いた」
「喰ったのか?」
「おいしく頂きました」
「……最低だな」
そんなバカ話をしていたが、このときの俺はまさか自分があんなことになるなんて思いもしなかった。
※
俺は、全身を震わせながら、額から垂れる汗を真っ直ぐ床に落としていた。
「大変申し訳ございませんでしたッ!!」
真っ白になりかけている頭で、とにかく謝らなければと、震える声で床に向けて叫んでいた。
そんな俺に対して、社長から何か罵声のようなものが浴びせられているが、正直何を言われているのかまったくわからなかった。俺は息をするのに必死だった。ただ、どうしようもないくらい憤慨していることだけはわかった。殺されてもおかしくないくらいに。
どうしてこんなことになっているのか。それは、俺が取り返しのつかないへまをしてしまったからだった。それも、会社の経営が九十度傾くほどのミスだ。
なぜ、俺はあんなことをしてしまったのか、今でも理解できない。それくらいおかしなことをしてしまった。恐らく、チンパンジーにやらせたってあんなことにはならないだろう。本当に、自分の行動の意味がわからなかった。
「クビだッ! もう一生顔を見せるな! このクソ野郎が!!」
そんな言葉と共に俺は社長に殴られ、涙と汗を溢れさせて何度も何度も謝りながら、這うようにして会社を後にした。
それから数日間の記憶が俺にはなかった。ただ、部屋に届いていた多額の賠償金が記された、損害賠償請求書から何があったのかは察していた。
俺はベッドから無気力に立ち上がり、買い物袋からあるものを取り出す。
どうもこの数日間のどこかで買ってあったらしい。用意周到だなと思いながら、俺は薄い笑みを作る。
デスクの横にあるキャスタータイプの椅子を転がし、部屋の中央、天井照明の下まで持ってくる。その椅子に立って乗り、買い物袋から取り出したロープを外れないように結び付けた。そして、吊り下がった部分に頭が入るくらいの輪を作った。
一応簡単に外れたりしないかの確認のため、強めに力を入れて引いてみる。
すると、ギィと天井から軋むような音が聞こえた。それで大丈夫なことを確認すると、俺はロープの輪に頭を突っ込む。
そして、おもむろに椅子を蹴った。
椅子はしばらくキャスターを回転させて走り、やがてつんのめる様にして倒れた。そして、俺の体は左右に大きく揺れる。暴れると、それにあわせて天井が悲鳴を上げた。
俺は最後に――
――ああ、この音だったんだな。
と、そう思った。