どうも、茶畑紅です。
今日は紅茶を飲みすぎて、吐き気を催しながら執筆作業をしてました。最近紅茶を入れるのがどんどん楽しくなってきて、思わずたくさん作ってしまうのですが、どうも調べてみると紅茶はすきっ腹の状態で飲みすぎると、吐き気を催すことがあるみたいです。だから、紅茶を飲む時はクッキーやらケーキやらを食べるんですね(それはちょっと違うかな?)。皆さんも紅茶を飲む際は飲みすぎに気をつけましょう。
では、以下短編です。やはりどうしてもうまい終わり方が見つからず、無理やり気味になってしまいます。ほんと、どうしたらいいのかわかりませんが、書き続けてゆっくり自分なりの答えを探っていこうと思います。
・短編 お題『チューインガム』『路地裏』
今日も苦痛の一日が終えた。
毎日毎日、上司にこき下ろされる日々。命令され、怒鳴られ、責任をなすり付けられ……もう精神は磨耗しきっていた。
俺は溜息を吐いて、だらしなく肩を垂らしたまま活気ある商店街を歩く。時刻は夕暮れ時。買い物に来た主婦達が寄り集まって話す様子や、あれが安いこれが安いと大声を出す客引きが耳を打つ。いつもは気にならないのに、今日はその賑やかさがやけにストレスを感じさせた。
俺はその騒音から逃げ出そうと、普段は目も向けない路地裏へと足を進めた。
店と店の間の細い道。進むに連れて、だんだんと商店街の騒音は聞こえなくなっていく。そのことに安心しながら、普段見ない新鮮な風景を楽しみながら歩いた。窓の内側にツタが繁殖した不気味な家屋、側溝の中にちらりと映るねずみの影、喧嘩しながらゴミを取り合うからすたち。普段なら気持ち悪いと感じるようなものでも、今の俺の目にはなんだか興味深く映った。
今度からこの道通るのいいかも。静かだし。
そんなことを思いながら、家のある方角へ向けて細い道を進んでいると、廃れていそうな食事処の塀に背を預けた人影が見えた。道の幅は人二人が並んで歩いてギリギリというところ。俺はその道を進むことを少し躊躇った。家の方角的にはこの道を通ったほうがいいと思うが、あの人影のすぐ正面を歩くのはなんだかちょっと気が引ける。携帯をいじっているようすだけど、邪魔されたなんて言ってからまれたら最悪だ。引き返したほうがいい。
そう思いはしたけれど、ここで避けるのもなんだかムカつくと、ストレスでおかしくなっていた俺はその道を進むことを選んでいた。
ゆっくりと足音を殺しながら進み、人影の姿がしっかりと見える距離まで来た。
パンク系というのだろうか、黒が基調の不思議なファッションに身を包む、大学生くらいの女の子だった。彼女は、携帯を眺めたままチューインガムを何度も膨らませていた。なんだかいまどき見ないような人種だなと感じた。
俺は変わらずゆっくりと歩いたが、さすがにこの距離までくるともう足音を隠すことは出来なかったらしい。携帯から目を離した女の子と、ばっちりと目が合った。
「ど、どうも」
なんとなく挨拶してみると、彼女はいぶかしげな表情を作りながら会釈して、こちらをじっと見つめてきた。
その瞳に引き込まれるような感じがして、俺はその場で立ち止まる。なぜか、ドクンドクンと心臓が早鐘を打っていた。
「……おっさん、何見てんだよ」
思ったよりハスキーな声が聞こえて、固まっていた俺は慌てて言葉を返した。
「あ、いや、前通ってもいいかなーと」
おっさんと呼ばれたことに若干傷つきながら、聞いてみる。彼女はもう一度チューインガムを大きく膨らませた。
「別に私の道じゃないし」
「そ、そっか」
チューインガムをはじけさせると、いぶかしげな表情のまま彼女は呟いた。
それに頷いて、前を失礼と思いながら通る。別に譲り合わないと通れないような幅じゃないのに、俺は何で遠慮したのだろう。
「……あ、聞いてもいい? 君はいつもここにいるの?」
「は?」
彼女の前を通ったあと振り返って聞いてみると、不満そうな声が返ってきた。何を思ったのか、彼女の眉間にはこれでもかとしわがよっている。
「んだよ、おっさん。説教でもしようってのか?」
うんざり、そういった声が見て取れる態度で、彼女は言った。俺は誤解だと手を振った。
「違う違う。俺この道気に入っちゃって、また通ろうと思うんだけどいいかなってさ」
「……なんだそれ」
本当にそれが聞いた理由だった。別に女の子が一人でこんなところにいたら危ないなんて思ってない。例え思ったとしても、それは俺が言うべきことじゃない。彼女がもっと子供に見えたら俺も言ってたかもしれないけど。
「さっきも言ったけど、私の道じゃないからお好きにどーぞ」
なんだかさっきよりも柔らかく感じる口調で、彼女は言った。
だから、俺は小さくお礼を言ってからその道を抜けて、家路へと戻った。
それから俺は、毎日その道を通って帰った。
もちろん、理由はその道が気に入ったから。賑やかで騒がしい表通りより、こうした静かで寂しさを感じる路地裏どおりは、俺のようなくらい人間にはぴったりだと思った。
ただ、もう一つ理由がある。それは、あの女の子のことが気になったからだった。
「おっさん、今日もきたのか……」
「ダメだった?」
「……別に」
あれから一週間その道を歩き続けて、彼女とは毎日顔を合わせていた。
どうも彼女の家は、いつも背を預けている塀の向こうらしい。要するに、俺が廃れていそうと思ってしまった食事処だった。それを知った俺は、内心でごめんと謝っていた。
それはそうと、今日の彼女は以前とは違った服装をしていた。というか、毎日服装は変わっている。なんというか、彼女のファッションセンスは、一昔前のものといわざるを得なかった。しかも、すこしやんちゃしていそうなタイプのファッションだ。
だけど、変わらない点がある。それはチューインガムだ。色は違えど、いつも彼女はチューインガムをふくらませていた。
「それ、おいしいの?」
気になった俺は聞いていた。最近は一言二言話すようになっていたし、ちょうどいい話題の種だった。
「べつに。そんなにおいしくない」
「え、じゃあ何で噛んでるの?」
「ストレス発散」
彼女との会話は、いつも端的だった。それが逆になんか心地いい。俺はどうもこういったタイプのほうが話しやすいみたいだ。
それはそうと、彼女も俺と同じでストレス社会を生きているらしい。大学生も大変なんだな。
「おっさんもいる?」
「ストレス発散になるなら」
そう言うと、チューインガムが包装された銀の塊を渡された。
包装をとって、口に放り込んでみる。なんだか懐かしい味がした。
しばらく味わってから、どうせだからと膨らましてみる。学生の頃やったことはあるから、結構簡単に膨らんだ。
「お、うまいじゃん」
「そ、そう?」
嬉しそうな笑顔で彼女が言ったから、俺は調子に乗ってしまった。
もっと大きく膨らませようと、もう一度改めて膨らませ始め、ゆっくりと息を吹き込んでいく。先ほどよりも少しだけ大きくなったところで、ガムは割れた。当然、顔にべたりと張り付いた。
「……ぶぇ」
「ぷ、あははははは! 何やってんのおっさん!」
こんなに楽しそうな彼女は始めて見た。羞恥で薄く頬を染めながらも、俺もおもしろくなって笑った。
また一歩彼女に近づいた気がした。
ここまでくればきっとわかってると思うが、俺は彼女を異性として気になっている。
もちろん、付き合うことは望んでいない。彼女は俺のことをおっさんと呼ぶし、名前を教えてとも言わない。当然俺も彼女の名前は知らない。だから、向こうに必要以上に仲良くなる気なんて無いはずだ。なら、俺はただ話せるだけでいい、と割り切ったのだった。
そうして、半年ほど過ぎた頃。俺と彼女はすっかり仲良くなり、わざわざ立ち止まってから30分ほど話すようになっていた。
それでもまだ、お互い名前も知らないし、認識としてはただの話し相手なんだと思う。仕方ないだろう。俺はただ通りすがっただけの人間なんだから。でも、それでいいのだ。俺は彼女と話すだけでストレス発散になるし癒されるんだから。そんな毎日が続いていけばそれで。
しかし、その日彼女は重大なことを口にした。
「ここにくるのは今日が最後だ」
相変わらずチューインガムを膨らませながら、なんでもないことのように彼女は言った。
「え、なんで」
できるだけ焦りは出さないようにしたが、もしかしたら彼女は気付いているかもしれない。
「就職するから」
「……そうだったね」
彼女が就活生だというのは聞いていた。しばらく前に、就職先が決まったというのも聞いた。だから、就職するのは当然だ。
だけど、俺はなぜか彼女が実家から通うものだと勝手に思っていたのだ。独り立ちするようなタイプじゃないと思い込んでしまっていた。
「公務員だっけ……?」
「そう。地方のだけど」
「そっか。うん、前も言ったけど改めておめでとう」
それは俺の心からの言葉だった。就職先が決まったのは喜ばしいことだ。しかも公務員。将来も安泰だ。引き止めることなんてしない。
「……それだけ?」
だけど、彼女はどこか不満そうだった。俺ならまだしも、何故君がそんな顔をするんだ? そう思って首をかしげた。
「ほかに言うこと無いのか?」
他に言うことといわれても……。
そう思った俺は、彼女の持っているスマートフォンを見て、ああそう言うことか、と思った。
「連絡先かな?」
要するに、彼女も俺とのやり取りを気に入ってくれていたのだ。だから、これからも話が出来るよう、連絡先を教えてくれということだったのだろう。あくまで友人としてだろうけど。
そう思って言ったのに、なんだか彼女はげんなりした様子だった。
「おっさん、あんたホント……いや、つながりは保てるし、まあいいか」
彼女の呟きは聞こえないくらい小さいものだったけれど、何か吹っ切れたのか嬉しそうな様子で連絡先を交換してくれた。
「そんじゃあまたいつか会おうな、おじさん」
「うん、気軽に連絡していいからね」
「おじさんこそ、ちゃんと返事返せよ?」
何て茶化しあいながら、俺と彼女の密会は終わったのだった。
それからはもちろん毎日連絡を取り合う日々が始まり、会うことは無いが楽しい毎日が続いた。ひょんなことから知り合った仲だったけど、こうして仲良くなれて本当によかった。彼女のおかげでストレスも感じにくくなったし、むしろ癒されるばかりで、感謝ばかりだ。あの時路地裏を進んで正解だった。
ただ、唯一の心残りがあるとしたら、それは彼女に自分の心を打ち明けられなかったことだけど、打ち明けて気まずい関係になってしまったら嫌だから、これでよかったんだと思った。おっさんが年下の女の子に恋をしたなんて、笑い話にもならないもんな。これで俺は十分満足だ。
そんなことを思っていた俺だったが、結局焦れた彼女のほうから告白され、付き合うことになった。まさか向こうも同じ気持ちだったなんて、ほんと、人生わからないものだ……。