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近況報告と短編5

茶畑紅です。

毎日投稿にギリギリ間に合い……いや、寝る前なのでよしとしましょう。ということで、毎日投稿はこれからも継続していきますので、よろしくお願いします。

以下短編です。今回はかなり大作になりました。そのせいで時間に間に合わなかった上に、結局後半も急ぎ足で変になってしまいました。次はもっと時間配分と、文章量に気をつけようと思います。では、無念も無念の作品ですが、よろしければどうぞ。



・短編 お題『カプチーノ』『家出』

 おっとりとした雰囲気のBGMがかかる喫茶店。内装も黒を基調とした木造で、ところどころにある観葉植物の緑も加えて、気分を落ち着かせてくれる。仕事の休憩にぴったりな僕のお気に入りの店だ。
 足しげく通ったせいでもはや顔見知りになってしまった店員さんが、僕の頼んだカプチーノを持ってきてくれた。軽く会釈をして感謝の気持ちを伝え、カップの中を覗き込む。そこには、見慣れてしまったラテアート。波のような木のような、不思議な模様を少し眺めて、スプーンでかき混ぜてから一口飲む。そこで僕はようやく息を吐き、正面を向いた。

「それで、今日はどうしたの?」

 できるだけ優しく言ったつもりだったけれど、僕とテーブルを挟んで向かいに座っていたセーラー服の女の子は、可愛らしく唇を尖らせたままだった。普段のいつも明るい彼女の様子を知っているだけに、その様子からは機嫌の悪さが如実に感じられた。僕はもう一度カップを傾けながら、彼女の返答を待った。ちなみに、彼女の前には手のつけられていないブラックのアメリカンコーヒーがもう届いている。

「……さっき言ったまんまです」
「ええっと……家出、だっけ?」
「……はい」

 僕はぽりぽりと頭をかいて、苦笑した。

「あー、それはわかったんだけど、その……どうしてなのかなーって」

 このくらいの年頃の女の子はデリケートだからと気を使うあまり、なんだか要領を得ない感じになってしまった。普段女の子と接する機会なんて無いから、少し緊張しているのもあるかもしれない。僕はこんなだから、29歳になっても彼女の一人もいないのだろうか。
 なんて心の内で自虐しながら待っていると、下を向いていた彼女が顔を上げて、きっとした瞳でこちらを見た。

「……絶対にお母さんには言わないでくださいね。これから話す内容も、私がここにいることも。健吾おじさんだから話すんです」
「うん、姉さんには絶対に言わないと誓うよ」

 僕はしっかりと頷いて、内心でごめんと謝った。実を言うと、僕と一緒にいることはもう姉さんに伝えてあるんだ。
 だって、本当に慌てた様子が窺える『紗枝がいなくなた! 探しえ!』という誤字つきメッセージが携帯に届いた直後、彼女――紗枝ちゃんが僕の家を訪ねてきたんだ。だから思わず『僕のところに来たから大丈夫。後で送るよ』と返してしまったのだ。
 でもまぁ、自分の子どもが突然いなくなったなんて想像したら慌てるのも仕方ないし、無事なことは知らせたほうがいいと思う。あの姉さんのことだから、捜索願とか出しかねないし。
 だから、僕はこれから聞く内容については絶対に密告したりしないと誓って、紗枝ちゃんの次の言葉を待った。

「……じゃあ言います。私が家出した原因は、お母さんなんです……」
「あ、そうなんだ」

 ちょっと察してはいた。喧嘩でもしたのかな、と思った。

「はい。それで、お母さんなんですけど、あの人……」

 そこで妙にためを作って。そして、言い放った。

「――最低なんです!!」
「そっか……姉さんは最低――って、うん?」

 立ち上がるほどに興奮している紗枝ちゃんの言葉を聞いて僕は首をかしげた。
 そして、しばし黙考してみる。最低、とはどういうことだろう。世間一般で最低とされる人とは、どういう人だろう。いろいろあるだろうけど、この場合に限定すると……家出、親、酷いこと……DV?
 そこまで考えて、ぶわっと全身から汗が吹き出ていた。僕は思ってしまったのだ。あのがさつな姉ならありえる、と。
 だけど、その僕の心配はすぐに杞憂に変わった。

「聞いてよ! お母さん、私が友達と寄り道して帰ったら……『遊んでるだけなら部活とか習い事とか、将来の為になることをしなさい!』って、勝手に思いつく限りの習い事に申し込もうとしたんだよ!? 最低じゃない!?」

 本当に周りが見えていないのか、敬語すら忘れて紗枝ちゃんは怒鳴っていた。
 僕は姉さんがゴミ人間じゃなくて良かったと思いながら、ここお店だからと紗枝ちゃんをなだめて座らせた。

「……ごめんなさい……私興奮しちゃって」
「うん、次はもうちょっと回りに注意してね」
「……はい、ごめんなさい」

 しおれてしまった紗枝ちゃんは、冷めてしまっただろうアメリカンコーヒーをちびちびと飲んで、自分を落ち着けていた。

「でも、そっか。姉さんがねぇ……」

 紗枝ちゃんには悪いけど、僕はその姉さんの様子を思い浮かべて、ちゃんと親をやってるんだなと感心してしまった。
 両親の再婚でできた歳の離れた姉。それが紗枝ちゃんの母親だった。
 その当時僕は結構小さかったから、新しくできるお姉さんを楽しみにしていて、見事のその期待を裏切られたのを今でも覚えている。がさつで怠け者、それが少し一緒に暮らしてからわかった姉さんの実態だった。だから僕は姉さんと口で入っているけれど、いつも世話を焼いていたから大きな妹くらいに思っていた。僕が中学に入学した頃、嫁に行くと聞いて思わずやっと開放されると溜息を吐いたことも覚えている。
 そんな姉さんが親になったんだな。なんだか感動した。

「健吾おじさん?」

 僕が感慨に耽っていると、また少し不機嫌さが増した顔がすぐ近くにあった。

「あ、ごめんごめん。でも、それを悪いこととは一概には言えないんじゃない? 実際紗枝ちゃんは帰宅部で、時間はあるでしょ?」
「それはそうなんですけど、だからこそ私は思ったことがあるんです」
「うん? どういうこと?」
「お母さんは、学生の頃そういうことしたのかなって」
「……あー」

 乾いた声を漏らしたのは、ちょっと共感してしまったからだ。
 要するに紗枝ちゃんは、自分がやってないのにそれを他人に強要するのはおかしいと感じているんだ。その気持ちはすごいわかる。
 それに、実際姉さんは学生の頃は遊んでばかりだったはずだ。少なくとも僕と姉弟になってからは。
 だけど、気持ちはわかってしまうけれど、そんな理由でやりたい事をやらないのは違うと思う。さっきの反応からもわかるけど、紗枝ちゃんだって部活や習い事を始めること自体はまんざらでもなさそうなんだ。だったら背中を押してあげたい、そう思ってしまった。

「姉さんはきっとそう言うことをしてこなくて後悔したから、紗枝ちゃんには後悔して欲しくないと考えてるんだと思うよ」

 僕がそう言うと、紗枝ちゃんは面食らったような表情になっていた。

「お母さんがそんなこと……」
「きっと思ってるよ。弟の僕が言うんだから間違いない」
「……健吾おじさんがそう言うなら、そんな気がしてきました……」

 紗枝ちゃんも、自分の母親が不器用なことくらいわかっているんだろう。それとも、僕がよほど信頼されているとうぬぼれていいのだろうか? まあどちらにせよ、それだけでだいぶ察してくれた様子だった。

「だけどもちろん、やりたくないことをやったって仕方ないとも思う。だから、それはきちんと話し合うべきだよ。やりたくないならやりたくないって」
「やりたくない訳じゃ――! ……でも、何をしたらいいか」

 やっぱり何かやりたい気持ちはあるみたいだった。でもなら話は早いかもしれない。

「じゃあさ、とりあえず部活や習い事じゃなくても、一つ何かやりたい事を見つけてみなよ。きっと、それが将来紗枝ちゃんのためになると思うから。それでももし姉さんに反対されたら、僕も一緒に説得してあげる」

 そう言ってあげると、紗枝ちゃんの顔がパッと明るくなった。けど、また暗くなって戻ってしまう。

「……でもやっぱり、やりたい事なんて思いつきません……」

 その悩みも、すごく共感できた。やりたい事なんて簡単には思いつかない。そして何か思いついたとしても、それが本当に将来に役立つのかはわからない。だから、思いついても言えない。そんなジレンマ。
 僕だって今聞かれたら、全然思いつかない。だからこんな流されるような大人になってしまったのだけど。
 でも、やっぱりどうにかしてあげたかったから、僕は唸るように考えをめぐらせていた。

「うーん……あ、じゃあこれなんてどう?」

 そうして思いついたのは、目の前のカップのおかげだった。

「これって……コーヒー?」
「うん、そう。いい味わいだと思わなかった?」
「えっと、インスタントよりは間違いなくおいしいなって」
「うんうん、そうだよね。僕はこれ大好きなんだ」

 話に集中して途中で飲んでいなかったカプチーノをもう一度飲んでみる。うん、冷めてもやっぱりおいしい。

「だからさ、作ってみてくれないかなって」
「作るって、私がですか?」
「そう。やりたい事っていうか、今は僕のわがままだけど、何事もやってみないとわからないから。どうせなら僕も付き合えることが良いなって。ダメかな?」

 これで例え断られても、違うことに挑戦してみよう何て思ってくれるかもしれない。半ば無理やり気味だったけれど、そうやって良い方向にいってくれたらいいなと思っていた。
 だから、それは不意打ちだった。

「健吾おじさんも一緒なら……私やってみます!」

 花のような笑顔を僕に向けてきた。不覚にも、女子高生にドキッとしてしまった。これだから、女性に耐性の無い人間は。

「そうと決まれば、早速お母さんに伝えてきます! 必要なものもいっぱいあるだろうし、バイトもしなきゃ! なんだか今から楽しくなってきちゃった! 健吾おじさん、それじゃあまたね!!」

 そうして、紗枝ちゃんは嵐のように去って行った。
 僕は慌しい子だなと思ってくすっと笑みを溢してから、残ったカプチーノを飲み干した。





 まさか、あのときのことがきっかけで紗枝ちゃんがコーヒーに目覚め、数年後には自分の喫茶店を開くことになるなんて、本当に驚きだ。
 いや、それよりも驚きなのは、僕と紗枝ちゃんの関係が大きく変わったことだ。

 僕のかつてのお気に入りだった喫茶店とは似ても似つかない、にぎやかな雰囲気の喫茶店。そこにお客さんは今僕一人で……というか、どうも僕がお客さん第一号らしい。
 しばらく待っていると、あのときより姉さんに似てきた紗枝ちゃんが、店の置くから一杯のコーヒーを持ってこちらへやってきた。

「健吾、はいどーぞ」
「うん、ありがとう紗枝」

 お互い呼び捨てで笑いあい、ラテアートの施されたカプチーノを受け取る。なんだか良くわからないけど、芸術を感じるそれをしばらく眺めて、一旦携帯で写真を撮ったりしながら、かき混ぜて一口飲んだ。

「うん、おいしい」
「それはよかった。じゃあお店空けてくるから、そのままゆっくりしてってね」
「ありがとう」

 とまあこんな感じで、僕らは付き合っているのだ。
 一応血の繋がらない姉の子供だから、法律的にも問題はない。それでも歳の差があるから始めは周りから色々言われたけれど、姉さんが乗り気だったから特に問題もなく、ここまでこれた。
 だから、きっとこれからも二人でうまくやっていけると思う。いや、僕が支えて二人で生きていく。そう、僕は決めて頷いた。

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