茶畑紅です。
三日坊主の壁を乗り切りましたが、気が緩まないようがんばります。
近況報告が短くて申し訳ないですが、以下に短編を置いておきます。小学生を主人公にしてみましたが、別の角度でまた難しかったです。
では、気が向いたらどうぞ。
・短編 お題『スキップ』『教習所』
「は、はるかちゃーん、まってよー」
学校が終わったので下校しようと席を立つと、よく聞く声が私を呼び止めました。
仕方ないと溜息を吐いて、声の主へと視線を送ります。そこではわたわたと両手をばたつかせて、ランドセルに教科書やノートを
詰め込む女の子がいました。慌てているからか手元がおぼつかなくて、ものを落としそうでした。
「――あ」
というか、落としました。盛大に筆箱の中身を床にばら撒いて、泣きそうに目を潤ませています。
私はもう一度大きく溜息をはいてから、彼女の元へと寄りました。
「拾ってあげる」
「……あ、うん、ごめんなさい」
そこはごめんなさいでは無くて、ありがとうでしょう?
と、心の中で思いましたが、声には出しませんでした。前にも言ったけど直らなかったから、きっと彼女の口癖なんだと思います
。出来れば感謝してくれたほうが、お互い気持ちいいと思うのですけど。
「ねえ小口さん、今日もやるの?」
そんなことより、私には気になることがありました。だから、片付けた筆箱をランドセルの中に入れてあげながら聞きました。
習い事とか、家のお手伝いとか、ペットのお世話とか、何かしらの理由で断ってくれたら、というのが私の希望です。
「うん、まだうまく出来ないから……お願いしてもいい?」
ですが、そんな希望は簡単に破られました。でも、呼び止められた時点でわかってはいたので、落胆は小さいものです。ただ、や
っぱり嫌ではあったので、溜息は出ちゃいました。
「……だめ?」
そんな私の様子をみて、彼女――小口さんは不安そうに目じりを下げて言いました。
心が痛くなった私は、取り繕った笑顔を小口さんに向けました。
「ううん、大丈夫だよ。約束したからね」
そう、約束です。私は以前に約束してしまったんです。
それがまさか、こんなことになるなんて。あの時の軽率な私を張り倒したい気分です。
「よかった……でも本当に、ごめんね?」
そんな私の内心なんて露ほども知らない小口さんは、申し訳なさそうにして言いました。
ほらまた。この子はどうして感謝するべきところで謝るんでしょう。私にはそこが不思議でなりません。
「いいよ。ほら、行こう?」
「うん!」
私は彼女の手を引いて、駆けるようにして教室を出ました。
クラスメイトの皆さんは、今日もあの二人は仲良いななんて言っていますけど、それは誤解です。私はただただ、早く帰りたいだ
けなんです。なんだか居心地悪く感じて、スピードを上げて廊下を駆け抜けました。先生に見つからなくて良かったですが、すぐ後
ろから聞こえる楽しそうな笑い声に、私はなんだか複雑な気持ちでした。
校庭に着くと、サッカーとか野球とかで遊んでいる子達の邪魔にならないよう端に移動し、風呂敷を敷いてランドセルを下ろしま
した。本当に遊具も何も無い、少し雑草が生えているだけの場所です。私は小口さんと向き合います。
これからすることに道具は要りません。身軽な体だけがあれば、それだけで大丈夫です。私はまず、昨日の成果から確認しようと
思いました。
「じゃあまず、見せてもらっても良い?」
「はい! 教官!」
小口さんは勢い良く答えて、真剣な目つきでそれを始めました。
その場で、片足をあげてジャンプ、片足をあげてジャンプ、その繰り返し。だいぶ様になってきてるように見えます。それでも、
まるで壊れたおもちゃのロボットみたいな動きですが。ただ、最初と比べれば、雲泥の差と言えると思います。
「うん、よくなってるね。じゃあ後は前に進んでやってみよう」
「はい!」
だいぶ不恰好ではあるけれど、これで前に進めれば……そう思った私は絶望しました。
「……驚くくらい気持ち悪くなったね」
「はるかちゃんひどい!」
簡単に言うと、タコが陸でもがいてる、みたいな感じでした。どうしたら、そうなるのでしょうか。
ただのスキップなのに……。
「じゃあもう一回その場でやってみようか」
それからは、私のアドバイスも加えての練習が始まりました。
どうして私がこんなことをしているのか、それは少し前のことです。
その日はたまたま機嫌が良くて、私は思わず登校中にスキップをしていました。それを見ていたクラスメイトの男子が「佐山のス
キップすごい綺麗だな! 俺にも教えてくれよ!」なんて言ってきて、やっぱり機嫌の良かった私は二つ返事でおーけーしてしまい
ました。放課後にはその男子の友達も集まってきて、私はかわるがわる教えることになりました。そんな日々が二日、三日と続きま
して、気付けば学年中に広まって、毎日私はスキップを人に教えていました。そんな様子が車の教習所みたいに見えたのか、いつし
かスキップ教習所なんて呼ばれることになり、学年問わず人が集まるようになりました。
そうしてなんやかんやありまして、どうも私は教えるのがうまかったみたいで、皆瞬く間にスキップがうまくなり、次第に教えを
請う人は少なくなっていきました。私はこの頃、簡単におーけーしたあの日の私を酷く恨んでいました。ようやく治まりそうで何よ
り、そう思っていところで彼女が現れました。
同じクラスだったのに、なんだか始めてあったかのように感じる、少し暗めで不器用な変わった女の子。小口さんでした。
小口さんのスキップは、誰にも真似できない奇妙なものでした。そんなつもりは無いのに、全身に鳥肌が立って嫌悪の気持ちを抱
いてしまうほどだったのを覚えています。絶対にこの子はヤバイ、そう思っていました。
その予想は実際その通りでした。今まで学校中の生徒達に毎日教え続けた日々よりも、さらに長い日々を彼女のスキップのために
費やしています。こんなことになるのなら、最後の一人のつもりで約束なんてするんじゃありませんでした。本当に、私は後悔する
ことが多いです。今度から、何かを頼まれた時は一度きちんと飲み込んでから答えようと思います。
それが、今までの私と小口さんの関係でした。
ですが今日、それも終わりを迎えようとしていました。
「そ、そう! そんな感じ! でももうちょっと力を抜いて――」
「はぁはぁ、はい、教官! ふぅ、ふぅ……あ、あれ? 私もしかして、できてる? はるかちゃん、私スキップできてる?」
「できてる! できてるよ!」
全身汗だくの小口さんをみて、私は興奮気味になっていました。
小口さんのスキップは、まだちょっと変ですけれどギリギリスキップと呼べるくらいになっていました。
初めのころは、汚物を眺めているほうがましなほどだったのに。そう思うと、なぜか涙が出てきそうでした。もちろん恥ずかしい
ので堪えましたが。
「やったぁ! できたー!!」
「小口さん、おめでとう!」
喜んで走ってきた小口さんを、私は思わず抱きしめてしまいました。
そして、後から気付きます。私の柄じゃないと。それに小口さんとは、そうゆう仲じゃなかったと。
「……あ、ごめんなさい。思わず……」
「え、あ、うん。ごめんなさい」
二人でぺこぺこと頭を下げあう不思議なやり取りでした。
「あ、あのねはるかちゃん。本当に今までありがとうね」
小口さんのありがとうを、私はこのときはじめて聞きました。
「面倒くさかったでしょ?」
「そんなことないよ。本当によかったね小口さん」
その通りです、と思いましたが、私はにこやかに返します。なんだか気分も良かったので、自然に返せたはずです。
「そ、それでね。はるかちゃんに、お願いがあるんだけど……」
なんでしょうか? この際だから、簡単なことならいくらでも聞いてあげようかなと思いますが。
……って、また私は簡単に返事をしようとしてますね。今回はできるだけ拒否しましょう。
「私のことは、あすかって呼んで……ううん、お友達になってくれないかな!」
「……え?」
私は突然のことで驚きました。というより、始めて言われたんです。友達になってと。
「あ、えっと、それは……」
「……迷惑ならいいから。勝手なこと言って、ごめんなさい……」
しどろもどろになっていると、また小口さんは謝っていました。
なんだか私はそれが酷くむかつきました。だから、また考えもしないで、思わず言ってしまったんです。
「いいよ。なろう、友達」
「……本当に? 無理してない?」
「うん、無理なんてしてないよ。だけど、一つだけ約束させて」
「約束?」
私は言いました。
「私の前でごめんなさいは、出来るだけ言わないこと」
「え、なんで……」
「友達って、ごめんなさいを言い合う関係じゃなくて、ありがとうを言い合う関係だと思うから。違う?」
そう言ってみると、小口さんは目を輝かせました。
「うん……うん! わかった! ありがとうはるかちゃん! これからよろしくね!!」
眩しいくらいの花のような笑顔でした。
そんな笑顔を向けられて、私の心臓が熱を持って暴れ始めます。爆発してしまいそうなくらいで、私は戸惑いました。
思えば、私には友達と呼べる友達がいませんでした。私は、よく大人びていると言われることがあります。そのせいか、同年代の
子達とは距離があったように思います。だから、一緒に帰ったり遊んだりするような、友達と呼べる子は一人もいなかったのです。
だけど、小口さんはずかずかと遠慮なく近づいてきてくれて、私はどうやら嬉しかったみたいです。
「よろしくね、小口さん」
にやけていないか心配になりながらも、私は笑顔を小口さんに向けました。
「むー……」
すると、なんだか不満そうな声を漏らし、小口さんは唇を尖らせていました。
なんだかわからず、私は首を傾げました。
「……名前」
その呟きで、ようやく気付きました。私はおずおずと口を開きます。
「あすか……さん」
「うん、よろしい!」
気恥ずかしくて、顔から火が出るかと思いました。
だけどそんな私のことは気にせず、小ぐ……あすかさんは先ほどの眩しい笑顔に戻って、手を差し出してきました。
「一緒に帰ろう! はるかちゃん!」
「……うん、あすかさん」
私はおずおずとあすかさんの手を掴みました。
こうして、私にとって始めての友達が出来ました。
スキップ教習所なんて変な始まりでしたけど、今ではやってよかったと思っています。