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N響再び

 5月20日、土曜日。
 前日強く降った雨は幸いあがったものの、名残の曇天は続いている。渋谷駅から代々木公園へ向かう道はいつもより混んでいて、これもコロナが終焉したせいかと首を傾げながら道を進む。人混みをかき分けるように歩き終えた公園前の信号の向こうにはタイのフェスティバルの看板が大きく掲げられていた。なるほど・・・これは混んでいるわけだ。日本人はみんなタイ料理を大好きなのだ。僕だって好きだ。信号機で待つ人は歩道に溢れんばかりである。
 この混雑・・・やはりコロナが終焉したから、で正しいのだ。さもなければフェスティバル自体が開催されなかったのだろうから。その上いつの間にか、そうした群衆のかなりの部分を外国人が占めるようになっており、タイのフェスティバルにもかかわらず、白人や中近東の人々も混じっている。日本に住んでいる人だけではあるまい。海外から旅行に来てついでにちゃっかりとタイのフェスティバルにも参加しているのであろう。
 NHKホールへ向かう道は公園の入り口の脇に確保されていて、今日のコンサートへ向かう人々はその道を通って奥へ進んでいくのだが、タイのフェスティバルの方が様々な国の若い人々が多いのに比べると、若干覇気に乏しい年代の人々が脇の道を歩いているように見えるのは故ないことではあるまい。クラッシック音楽を聞くのが僕らの世代までなのか、それとも年齢を重ねるとクラッシック音楽のファンが増えるのか、昔からクラッシック音楽のファンである僕には区別がつかないが、どちらも真なのであろう。

 ファビオ ルイージの指揮を生で聴くのは初めてである。サンサーンスのピアノ協奏曲第5番を共演するソリスト・パスカル ロジェの方は、これは随分前から知っているピアニストで、取り分けフランス音楽に関しては名手と評判が高い。フランス人のピアニストはCDとかでは余り売れていないかも知れないがジャック ルヴィエ、ジャン フィリップ コラール、ミシェル ベロフなど彼と同年代も、それから10ほど差があるがティボーデなどもいて随分とレベルが高い。パスカル・ロジェが世間に知られるきっかけになった演奏の一つはサンサーンスのピアノ協奏曲全集でその指揮者はシャルル・デュトワ、つまり現在のN響の名誉音楽監督である。
ピアノは相も変わらず達者だったし、演奏を終えた時の挨拶は、有名演奏家らしくはなく隅から隅へと歩いて回る様がどことなく剽軽で彼の人柄を表している。
 しかし、ルイージの指揮は余り感心しなかった。毀誉褒貶はあると思うが、とにかく鳴らすのが特徴的で思ったほどフランス音楽寄りの指揮者ではなく、サンサーンスでは音が響きすぎる。ブルックナーではあるまいし・・・。オーケストラの構成と音量というのはバランスがあるのに、壇上の構成のギリギリの音量が響き渡る。ドビュッシーなどよりも音量の豊かさがあっても違和感がないサンサーンスではあるが、あれでは響きすぎである。
 逆にドイツ音楽によった(ベルギー生れのせいか)フランクの方がルイージには似合う。取り分け1楽章(と3楽章)の押し寄せる波を思わせる楽想には心惹かれるものがある。問題は第2楽章である。音を絞ったこの楽章を聴かせるためにはかなり緊密な緊張感が必須であり、今回の演奏ではそこまでの演奏ではなかった。この緊張感を引き出す指揮者といえば例えばシャルル ミユンシュとかミトロプーロスあたりがあっていると思う。

 ルイージはイタリア生れということでラテン系の音楽が得意なのかと思ったが演奏スタイルとしては寧ろドイツないしはロシア系の音楽の方が似合いそうだ。例えば「シエラザード」とかラベルの編曲による「展覧会の絵」とか、そう言った曲は彼の指揮方法にぴったりと収まりそうな気がする。今日のプログラムにしてもどうせなら、サンサーンスの代わりにラベルのどちらかのピアノコンチェルトにするか、あるいは思い切って「交響的変奏曲」にしてフランクで纏めてくれたら良かったのに。或いはさっきも書いたとおり、ロジェの出世に関わったデュトワの指揮であったらもっと楽しめただろうに、と思ってしまった。
 その意味では前回のブロムシュテットのシューベルトほどには楽しめなかったけれど、それなりのレベルの演奏ではあったし、こうした演奏会が聞けるというのは東京に住んでいる意義の一つである。
 そういえばコンサートマスターは「マロ」こと篠崎文紀氏であった。前回のブロムシュテットの時は確か伊藤さんがやっていたような気がする。コンサートマスターにも「特別」なマロさんや「ゲスト」の郷古さんがいて、指揮者「首席」「名誉音楽監督」「桂冠名誉」「桂冠」「名誉」「正(2名)」ほどではないが、やや日本の会社の取締役・監査役に近い構成であることは果たしてどうなのか、と心配になる。
 N響では来年の4月までの演目が公開された。何を聴きに行こうか。ブロムシュテットは大丈夫かなぁ。ブルックナーやシベリウスのタクトを振るなら聴きに行こうか、コープマンのモーツアルトも悪くない。アリス・紗良・オットのリストはどうだろう?なんて想像するのも楽しみである。そんな老後は悪くはない。

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