• 歴史・時代・伝奇
  • エッセイ・ノンフィクション

エディット パイネマンとペーター マークによるドボルザークのバイオリン協奏曲

 先だってクレンペラーのベートーベン交響曲集とギレリス/セルの組み合わせによるベートーベンのピアノ協奏曲集を買い求めた。その二つの全集に関する感想は別のところで記すことにしたいが、ついでにドボルザークのバイオリン協奏曲を(余り期待せずに)買い足した。そのCDについてここで反省を込めて記しておきたい。
 なぜ期待していなかったかというと、チェロ協奏曲があれほど素晴らしいドボルザークの「ピアノ協奏曲がどうしても納得できなかったから」である。あの名指揮者C・クライバーが、かの名ピアニストであるリヒテルを伴奏するというインターナショナルなアプローチであろうと(しかしなぜこの素晴らしい指揮者とピアニストである二人は敢えてこの曲を選んだのだ?)、クーベリックがチェコフィルを指揮しルドルフ フィルクスニーがピアノを弾くという純チェコ演奏家によるアプローチであっても、心に響いてこなかった。わずかに第三楽章のオーケストラの響きが記憶に引っかかっているほどである。
 しかしよく考えてみればドボルザークはそもそもピアノを弾く作曲家(作曲家にはピアニストが多い、リスト、ラフマニノフ、バルトークだけではなく殆どの作曲家はかなりの確率でピアノを弾いた)ではない。ウィリアム カペルが弾くハチャトリアンと同じでピアニストがどんなに頑張ってもそうした作曲家のピアノ協奏曲には限界があると言うことなのではないか。
 いいわけでしかないが、バイオリン協奏曲に関しても、イッツアーク パールマンがバイオリンを弾き、ロンドンフィルをバレンボイムが指揮した盤を持っている。何度か聴いたが、残念ながらこの演奏は曲と共に次第にどこかへ埋もれていっていた。それはピアノ協奏曲と同様の扱いをしたということに他ならない。

 しかし、ドボルザークはチェコ生れであり、生まれたときに枕元に銀のスプーンは置かれていないが(たぶんグランドピアノも置かれていなかった)バイオリンの弓は置かれていたはずだ。そして彼はビオラを学んでいた。とすればバイオリン協奏曲についてはピアノ協奏曲ほど心配する必要はないはずである。確かに献呈したヨアヒムからは冷たい仕打ちを受けたようだが、バイオリニストはヨアヒムだけで はない。
 そんな思いが心のどこかにあったのかもしれない。あるいは、つい手に取った時に見たペーター マークという指揮者(この人のメンデルスゾーンはとても素晴らしい)に惹かれたのかも知れない。エディット パイネマンというバイオリニストは全く知らなかったので不安はあったが結果的には購入したのは大正解であった。ちなみに本来税込み1000円だったのに、消費税率が5%の時のものだったので、40円ほど余計に取られたのだけど・・・(笑)。どれほど長い間店に置かれていたのだろう。でも、それはやはり僕を初めとした聴き手の側の無知に依るものであるのだ。他に人の意見にばっかり耳を傾けているとついこうした名演を聞きそびれてしまう。

 バイオリニストには幾通りかのタイプがいると思う。豊かな響きを追い求めたグリュミオー、強い音を得意としたオイストラフ、技巧派であるハイフェッツ、その他にもシゲティやミルシュタインのようにそれとまた違う方向を求めた歴代のバイオリニストが存在し、その系譜に現代の演奏家も紐付けられている。
 おそらくパイネマンもそうした一人なのだろう。ライナーノーツを読むとカール・フレッシュという教師の系譜で、その弟子であるシュタンスケ、ロスタルというバイオリニストに師事したと書かれているが、そのいずれも僕は寡聞にして知らない。しかし、僕ごときが知らないと言うことと彼らが素晴らしいバイオリニストであった可能性は両立しうる話で、著名なバイオリニストのみが素晴らしい音楽家だという訳ではない。逆にパイネマンという演奏家を通してその師を想像することもできるはずである。
 その彼女のバイオリンをいったいどう表現したら良いのか、「嫋々と」歌い上げると例えればいいのか、敢えて言えば系統は違うのだろうけどチョン キョンファの音(彼女はジュリアード出身であるので無関係のはずである)に近い。演奏法というより音が近いのである。女性だから、というわけでもないだろう。例えばアンナ ゾフィー ムターの出す「音」とは彼女のものと全く違うのであるから。(もしかしたらインストラメントに依るのかも知れないが残念ながら彼女たちがどのような楽器を演奏しているのかは知らない)
 楽器を含め、その奏法と音の総合によって比較すると現代の奏者によるバイオリンの違いはもしかしたらピアノよりも大きいのかもしれず、バイオリニストに関する好みは従って、「より強い」ものなのかも知れない。僕にとってパイネマンの演奏とその音は「好み」なのだろう。とにもかくにもドボルザークのバイオリン協奏曲を敬遠していたのは不明の至りであり、エディット パイネマンというバイオリニストを知らなかったのも同じく不明のなせる業である。その二つの不明を告白したうえで、ぜひこの演奏を聞いてみてください、と推薦させていただきたい。ちなみに一緒に入っているラヴェルの演奏も大変、結構なものであった。

*アントニン ドヴォルザーク
ヴァイオリン協奏曲 イ短調 作品53
モーリス ラヴェル
ツィガーヌ(ヴァイオリンと管弦楽のための狂詩曲)
エディット パイネマン(ヴァイオリン) チェコ・フィルハーモニー管弦楽団
指揮:ペーター マーク
    UNIVERSAL MUSIC K.K/TOWER RECORDS PROA-164

コメント

コメントの投稿にはユーザー登録(無料)が必要です。もしくは、ログイン
投稿する