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肉の保存とパン・ペパート

本編、近況ノートにお立ち寄り頂いてありがとうございます

いきなりですが、4話目を書いた日、ランチで焼肉屋にゆきました。

七輪が出てくるお店で、自分でお肉を焼くスタイルですが
肉を焼きながら、ふと思い出したのが

テンプル騎士団では、週に一度、肉を食べなくてはいけない日が決まっていたという規則。

戦える体を作るために、騎士団では肉が支給され、それを完食しなくてはいけなかったとか。
それが、量があって、それを食べきらなくてはいけないのが苦行的な規則だった、とか。

ランチの肉は、珍しく黒毛和牛だったんですが
私は和牛の霜降りはあまり好きじゃなくて、赤身の肉のほうが好きなのですが
男子(息子)がいたから、家族が多めに頼んでしまい、私の分を男子に押し付けながらも
テンプル騎士団の騎士の気持ち、わかるかも〜、って、思い出していたのでした。

しかも、冷蔵庫がなく保存技術が発達してなかった中世の時代の肉というのは
とんでもなく臭く、怪しい香りのするものだったのだろうなあ、と、思いもするのです

数年前、エジプトを旅行した際に、町中の肉屋の前を通り過ぎたのですが
どう見ても、冷蔵庫のない店内。
店頭に牛の半身がぶら下がっているのを、包丁で切って売りさばいているのを目撃し
観光客も泊まるリゾートホテルなのに、ステーキの焼き方は、何度レアと言っても、ミーディアムで返された理由を知ったものでした。

古代〜中世の肉料理は、保存が効かず、腐敗臭が出てしまう肉を料理するために、富裕層は胡椒を始めとする香辛料をこぞって求め
胡椒が同じ重さの銀や金と取引されたこともあったと言われていますが
小説の舞台となる中世イタリア、13世紀後半には香辛料が東方貿易で流通量が増え
次第に一般的な食材となってゆくような時代だったりもします

イノシシは通常、秋〜冬季に狩りをするのですが
狩ったイノシシは、当然、そのまま料理するか、サラミなどに加工して保存するわけです。

イノシシのサラミはクセがあるのですが、赤ワインとのマリアージュは最高で、とても美味しいのです。
日本で害獣として処理されているけれど、イタリアみたいなサラミを作ったら、売れそうなのになぁ、と、いつも思ってしまうのです。
誰か、作らないかな……

そんななか、もともと小麦粉とリンゴなんかで作っていたお菓子
夏場には酸化したり腐敗しがちで、酸っぱかったりしたようですが(うへぇ〜😰)
香辛料が入ってきてから、それらを利用したお菓子へと変貌を遂げてゆくわけです

シエナのパン・フォルテもそうしたお菓子の名残ですし
ウンブリアでは、中世由来のお菓子で、今でもパン・ペパートというのもあります。

現在作られているパン・ペパートには、カカオを入れるレシピも多いですが
古いものは、トローネなどとかなり近かったのではないかなぁ、と思うのです。

写真は、旦那の実家で作ったパン・ペパート
私はアントーニオと同じく、あまり好きじゃないんだけど😁

13世紀末には一部の貴族が食べていたであろう
しかし、今は誰でもクリスマス前後に食べているウンブリア地方(特にテルニ寄りの地域と聞いています)のお菓子です

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