歴史時代小説で、物語の舞台が、その当時のままの姿で読者の眼前に現れるケースは、珍しいのではないかと思います。
その、珍しい舞台の一つが奈良公園の一帯でございます。道は舗装されているとはいえ、興福寺の南円堂から猿沢池に降りる石段、降り切った右に、伝説どおり池に背を向けて采女神社は今もその姿を残しております。
哀しい悲恋を謂れに持つ神社であるにもかかわらず、現在は、恋愛成就、恋人たちの聖地になっているようで、そうした願いの込められた絵馬も飾られていますし、池に魚を放つ放生会も、また現代に受け継がれています。
この地を訪れたことがある読者なら、読みながら鮮明にイメージできるところかとは思いますが、ただ、一言主神社まで訪れる方はそれほどいらっしゃらないのではないかと思います。
「え? そんなところがあったのか?」
と思われた方は、いずれ再びお出での際にお立ち寄りくださると、
「アタシはそこらのおのぼりさん観光客じゃないのよ!」
と胸を張って宣言できるかとも思います。
(え? そんなん胸張って言いたくない……)
物語は、これからしばらく、この辺りを舞台として展開いたしますので、さらにイメージを膨らませながらお楽しみくだされば、幸いに存じます。