刹那は、ベッドの中で目を見開くと、勢いよく起き上がった。
呼吸が荒い。いや、そんなのどうでもいい。伊吹が、伊吹が、また、自分から離れて、遠くへ。
どうしよう、あそこまで遠くに行かれると千秋すらも手が届かない。諦めるしかない? 嫌だ、絶対に。でも、どうやってまた捕まえる、と考えて、刹那は、今自分がいる部屋は、海外のホテルではないことにようやく気がついた。
吹き出た汗を拭わぬまま、首を動かして景色を見る。自分が住むマンションの、自分の部屋だった。枕元の電子目覚まし時計に手を伸ばすと、日付が夢の中の日付と違かった。
刹那は、思い切り息を吐いた。
嫌な、夢だった。
ようやく見つけた伊吹にまた逃げられたのだ。伊吹は海外に行っていて、そこで千秋すら敵わないような人間と知り合い、そいつの元にいた。迂闊に伊吹に近寄ると、犀陵まるごと潰しかねないような状態になっていた。
夢の中の千秋は、諦めていた。刹那に諦めるように言っていた。だって、伊吹は自分から千秋と刹那の元から離れたのだから、と。父親から逃げていた時のような、仕方のない理由もなく、ただ、千秋と刹那を裏切ったのだから、と。
嫌な夢だ。
伊吹がまた自分から刹那の側から離れるなんて、本当に。
どうしたら、夢の中のようにならずに済むのだろう。夢の中の刹那は、伊吹から目を離した事を悔いていた。目を、離さなければいいのか。でも、具体的にどうやって。部屋に閉じ込める、のは今の段階だと千秋に反対されるだろう。監視カメラとか、GPS、とか……。
GPSか、と刹那は、暗い自室の虚空を睨んだ。
伊吹にGPSを付ければ、常に居場所を把握できる。特に海外なんてこの日本という島国の中ではいけるルートが決まっているのだから、伊吹が出国する前に捕まえられるだろう。
加賀美の目があるが、近いうちに千秋と相談しよう、と刹那はベッドにまた潜り込んだ後、勢いよく起き上がった。
今、このマンションには伊吹がいる。
違う部屋に、伊吹が確かにいる。刹那の元に戻ってきてくれた。なら、いつも悪夢を見た時のように、このベッドに1人で耐える必要はないのだ。
慰めてもらいたい。
釘を刺しに行かないと。
あわよくば、伊吹と一緒に寝たい。
刹那は、そろりとベッドから抜け出した。時刻は日付がもう変わっているが、伊吹は起きているだろうか。
まあ、眠っていたら眠っていたで、そのままベッドに忍び込んでしまえばいいのだ。伊吹は、きっと許してくれる。
刹那は、部屋から出ていく。悪夢のことは頭の片隅に置いた。今はただ、伊吹の体温が恋しくて、たまらなかった。