気が付けば今年ももう2週間で終わりですってよ。超びっくり。ワールドカップがやってるからまだ半年ぐらい残ってると思ってたのに……。まあ、そんなことを言ったって終わるものは仕方ない。毎年年末になると「では今年を振り返りましょう」みたいな話が出て来るものですが、別に振り返りたくない人は無理に振り返る必要もないのだ。振り返ろうが立ち止まろうが時間は容赦なく先へ進むもの。だったら見るべきものは過去じゃなく今! というわけで新作特集です。異世界なのに受験勉強を頑張るファンタジーから、最底辺の生活を抜け出すためゲームに精を出すVRMMOもの、自分の考えたミステリーの続きをAIに書かせようとする実験的な作品から、異世界転生が商売になった世界が舞台の短編集と、今回も粒ぞろいの作品を取り揃えましたので、年末のお供によろしくどうぞ。
剣と魔法が織りなすファンタジー世界。その中である意味もっともそぐわない言葉が学歴社会だろう。
探索者として生きるなら学歴なんかに囚われず自由に生きれそうだし、貴族に生を受けたなら学歴などよりも高貴な身分が物を言いそうなものだ。しかし本作はファンタジー世界が舞台だというのに重要視されるのは学歴である。
国の方針で貴族が増えすぎてしまっているため、貴族というだけでデカい顔はできない。ロマン溢れる探索者ですら、最終的には王国騎士団を目指して宮仕えになることを目指している。そして王国騎士団に入りたいならば、受験戦争に勝利して王立学園に入学するのが遥かに近道なのだ!……うーん、しょっぱい。
そんな世界に生を受けたアレンには、過酷な受験戦争に勝利した前世の記憶があった! 記憶が甦ったのは入試の三か月前。合否判定はギリギリ。チート能力は無し。しかし、彼が持つ受験に対する気合と経験、そして独自の勉強法がこの学歴社会な異世界で猛威を振るう!
アレンが家庭教師の爺やと共に奮闘する序盤の受験勉強編だけで充分面白い。だが無事に受験を終えた後の学園編も、型破りな発想で次々とエリートたちの風習を打ち破っていくアレンの姿が大変楽しい。
異世界転生ものの王道な展開ではあるのだが、そこに学歴社会という要素を付け加えることで他とは一味違う味付けに成功した一作だ。
(新作紹介「カクヨム金のたまご」/文=柿崎 憲)
【計画《ザ・プロジェクツ》】と呼ばれるVRゲームが登場した近未来。このゲームの最大の特徴は、敵を倒すと実際にお金が手に入ること。それもゲーム内通貨などではなく現実のお金である。
その結果、このゲームをプレイして生計を立てようとするスラムギークという人種が誕生した。主人公の東雲遠もそんなスラムギークの一人。妹と二人暮らしの彼は高校に行きながら、【計画】でモンスターを倒してどうにか日銭を稼ぐ日々。
そんなある日彼はこのゲームで10億ドルを稼ごうとするとてつもない野望を抱く少女と出会い、彼女に相棒にならないかとスカウトされるのだが……。
本作の面白いところは、メインとなるゲーム【計画】のシステムにある。このゲーム、敵を倒せばお金が手に入る。しかし、敵を倒すためには、【関数】という、ある種の能力を使わねばならず、この【関数】は使えば使うほど所持金が消費されていくのである。金を稼ぐためには金を使わなければならないという、このシステムでいかに赤字にならずに効率的に稼いでいくのかとやりくりしていくのが大変面白い。
また【関数】を使って、手持ちの武器を次々すり替えて戦っていく遠のプレイスタイルもトリッキーで面白く、VRものが好きな人にもオススメできる作品だ。
(新作紹介「カクヨム金のたまご」/文=柿崎 憲)
最近はどんどん賢くなってくるAI。AIを題材にした作品はカクヨムでも数多いが、その中でも本作はかなり異色な作品だ。何せ作者がミステリーを途中まで書き、その解答パートをAIの小説ソフトに書かせようとするのだから。
作者が問題パートで書く事件はヒントが見え見えでとっても簡単に見える。たとえば1話目に登場するダイイングメッセージなんて小学生でも解けそうな代物だ……だが、AIはこのダイイングメッセージを解くどころか、ダイイングメッセージの存在そのものに気づかない……! ダメだこいつ……!
そこで作者はAIが正しい手掛かりへ辿り着けるように、作中の描写を加筆していく。この結果、本作は推理小説であると同時に、如何にしてAIに事件を解かせるか作者が悪戦苦闘する高度な実験小説へと姿を変えていく。
この試みが非常に楽しい。ただ事件を解かせるだけではなく、3話目では文章スタイルを切り替えることのできる機能を使って、多重解決風のミステリーに挑戦するなど、AIの持つ可能性をとことん追求しているのも素晴らしい。
しかしこのAI、謎解きこそはとんちんかんだが、小説の文章自体はわりとしっかり書けている。今後AIがますます発達していけば、本当に作者の代わりに、AIが完璧な解答を書いてくれる時代がやって来るかも……。もしかするとこの作品を読んで無邪気に笑っていられるのは今だけかもしれませんよ……。
(新作紹介「カクヨム金のたまご」/文=柿崎 憲)
異世界転生を扱う作品で転生する側ではなく、転生させる側を主役にさせる作品は結構ある。本作もそうした作品の一つだが、本作で面白いのは主役を特定せずに、短編ごとに主人公やテーマが変わるオムニバスになっているところだ。
たとえば第一話では、転生者がどの世界に転生するかを決定する立場の人が主役という、この手の話では王道の話だが、第二話では異世界をコレクションしている人に対して、所持している異世界に何かあったときのための保険屋が主役、第五話ではそうしたマニアに異世界を売りつけるため新しい異世界を探し求める異世界発掘屋が主役になっていたりと、異世界にまつわる様々な職業が出て来るのが面白い。
設定だけでなく、どの短編も毎回小気味の良いオチがついており、一つ一つの作品単独でも面白いのだが、どの短編も根柢の設定が共通しており、読んでいく内にこの世界の独自の異世界観が徐々に判明してくるという構図もよくできている。そして読めば読むほどどんどんキナ臭い要素が出て来るのも良い。
短編集ということで気軽に手を取れることもあり、異世界転生もののパロディとして大変良くできた一品である。
(新作紹介「カクヨム金のたまご」/文=柿崎 憲)