おじさんなのだから健康を意識せよと申し渡されておりますわたくし、自転車出動がままならない昨今はできるだけ歩くようにしています。
 が、今日は往復で5キロ以上歩いたぜーとか誇ってみても、意外と歩数は少なかったりするものですね。健康基準の10000歩は遠い……具体的に言うとあと2025歩が遠い……
 はい! そんな哀愁は放り棄てるといたしまして、今月はみなさまにぜひ出逢っていただきたいおすすめ4選です! わたくしとにもかくにも人間ドラマが大好きなので、「人物」が色濃く浮き彫られている作品を選ばせていただきましたよー。
 人物とひとくくりにしていますが、実際はその人の有り様だけでなく、舞台や状況、時代性等々が絡み合った“背景”が関わってくるものですよね。そうしたいろいろなものが重ねられていればこそ人物は魅力を灯し、我々読者の心を打つのです。
 それではどうぞご堪能ください。匂い立つ人のドラマを!

ピックアップ

少年刑務所という異世界に降り立った42歳、二度めの青春に開眼す!

  • ★★★ Excellent!!!

 性犯罪を犯したことで、42歳にして少年刑務所へと収監されることとなった主人公。新人教育を経て雑居房へ送られた彼は、刑務所ならではの陰湿な慣習の洗礼を受ける中で開眼する。生きゆく術と、意外な自由に——!

 少年たちの中に大人がひとり、しかも舞台が塀の向こうの刑務所となれば、それはもう異世界トリップですよ。一般社会とはまるで違う理(ことわり)があり、生きていくには高い適応能力と行動力が要求されるわけですから。

 主人公はこの作品の中でクレバーに学び、一般社会とはまるで違う閉鎖空間で生きていくわけですが……丁寧な用語解説を盛り込みつつその生活の流れを追っていく構成によって、読者は塀の中の有り様をするっと理解できるのです。

 そして主人公が出遭ういろいろな少年受刑者たちですよ。この多彩なキャラクターがまた刑務所ライフのいいスパイスになっていて、たまらなくおもしろいんです!

 惹き込まれずにいられない、現代ドラマという名の異世界ファンタジー、はっきり言って最高です!


(「人、匂い立つ」4選/文=高橋 剛)

いじめから救ってくれたのは、ささいな超能力を持つ少年だった

  • ★★★ Excellent!!!

 中学生の中野四季は、クラスの中でいじめを受けていた。そしてある日、弁当の中に金魚の骸を入れられ、途方に暮れていたところをクラスメイトの大塚聡に救われる。それ以降、聡はいじめを受け続ける彼女へその都度「彼女がそのときいちばん食べたいもの」を差し出してくれるようになって。どうして、と訊いた四季に、彼は答えた。「——俺、超能力者なんだ」。

 心の内に押し詰まる思いを文章で表現するのはとても難しいことですが、この作品のすごい点はまさにそこ。四季さんの思いがすばらしく、そして凄まじく濃やかに描き出されていることなのです。

 いじめを受ける痛み、それでも助けを求められない心情、その先で聡くんからもらう、暖かさ。それらが丁寧に綴られていけばこそ、読者は惹き込まれ、共感できるのです。打ちひしがれて下を向くばかりだった四季さんが顔を上げる瞬間に。

「優しい人になれるかな」、彼女が作中で語るこのひと言、本当に染みるのですよねぇ。

 人は本当に小さなことで救われるもの。それを教えてくれる素敵なお話です。


(「人、匂い立つ」4選/文=高橋 剛)

これはひとりの牢人が士の志を得る物語

  • ★★★ Excellent!!!

 京の町、長州藩に用心棒として雇われた牢人(仕える主家がない非正規身分の武士)は、今日も今日とて刃を繰り、誰とも知らぬ武士を斬り続けている。かくて道具として生きる彼に志はなかったはずだった。しかし様々な男たちの志を知る中で、彼の固く冷めきっていたはずの心はわずかずつ変わっていく。

 幕末の京を舞台にしたこの作品、まずはサムライ×ハードボイルドの妙を味わえるのが魅力となっています。揺らがず、迷わず、卓越した剣の技で雇い主の敵を斬る主人公の“オレ”さん、まさに鉄の男なのですよ。

 でも、物語が進んで敵や味方と向き合う中で、彼の冷めた心はほころんでいきます。なにもない彼の内へ男たちがそれぞれに抱いた思いが注ぎ込まれていって、ついにはほろりと開かせる。

 この無常から有情へ転じ、主人公が自分の為すべきを定めて向かうドラマは花のごとくに匂い立ち、この上ないラストシーンを魅せてくれるのです。

 志を軸に綴られる男の生き様、じっくり味わっていただきたく。


(「人、匂い立つ」4選/文=高橋 剛)

日本なのに日本じゃない場所、それがシェアハウス!

  • ★★★ Excellent!!!

 折り合いの悪い父親と過ごした辛い生活から離脱し、ついに夢を叶えるべく歩を踏み出したカバかもん氏。しかし手持ちの金はあとわずか……。そして辿り着いた新居は、敷金礼金不要の安価なシェアハウスのワンルームだった。

 冒頭でかいつまんで語られる著者さんの半生はかなり辛いのですが、心機一転と踏み込んだシェアハウスはこれまた過酷! 同居人は外国の方ばかりで、衛生環境が酷い。章タイトルにもなっていますが、「お安い理由」には超納得させられるのです。これからシェアハウスに住もうと思ってらっしゃる方は現実を見せつけられるでしょう。

 でも、著者さんは同居人さんとの交流で様々な経験や発見をしていくことになります。中には恋愛劇に——ならなかったお話もありますが、外国視点から日本を認識された体験談は、読者にも発見をもたらしてくれるのです。

 現在はシナリオライターとして活動されている著者さんによる、日本の中の外国で暮らした日々の記録。読み物としてもシェアハウスマニュアルとしてもおすすめです。


(「人、匂い立つ」4選/文=高橋 剛)