季節ごとに適した食べ物というのはあるもので、夏と言えば素麺に冷やし中華、かき氷。逆にこの時期に鍋焼きうどんや雑煮を食べてもあまり美味しくないであろう。そして食べ物にも適した季節があるのだから、読み物にだって適した季節というのはあるはずである。だって窓の外でセミがジリジリ鳴いているのにクリスマスの話とか読んでもあんまりノレないでしょう?
というわけで、今回は4作全て夏の物語。並行世界からやってきた後輩とのひと夏の出来事を描いたSFから、夏といえばお約束のホラー! さらに人を殺してしまった風俗嬢たちの人間ドラマまで、様々なジャンルを揃えてみました。

ピックアップ

見ず知らずの後輩と過ごす眩しくも切ない一つの物語

  • ★★★ Excellent!!!

大学を辞めてこれといった目標を持たずコンビニでバイトをしながらダラダラ働く主人公。そんな彼のもとに並行世界からやってきたという女子高生が現れる。この女子高生、あっちの世界では高校の天文部で主人公の後輩をやっていたという。並行世界からやってきた彼女は当然行く当てがなく、主人公の家に住みたいというのだ。
突然現れた美少女との同居生活……うん、イイネ!

しかし、彼女の口から語られる先輩はどうも充実した毎日を送っているようで、自分とは大違いとのこと。全くの他人の話ならまだしも、もしかするともっと上手くやれていたかもしれない自分の話を聞かされて面白いはずがないし、当然甘酸っぱい雰囲気にもなりやしない。
そんな日常に耐えかねた主人公は興味本位で、こちらの世界の後輩がどんな生活を送っているのか調べようとするのだが……。

本来存在しなかった後輩と暮らすひと夏の話。とても楽しそうに先輩の話をする彼女の姿と、ありえたかもしれない理想の自分はとても眩しく、だからこそ読み終えたときに何とも言い難い苦さが残る。


(「夏の物語」4選/文=柿崎 憲)

少年少女と野球と初恋、そして口裂け女

  • ★★★ Excellent!!!

さびれた田舎町で暮らす小学生の東条朝陽。町には何もなくとも幼馴染の西野日奈と共に遊んですごせれば最高に楽しい夏休みなのは変わりない。そう思っていた朝陽の日常が突如現れた怪異――口裂け女によって一変する。

小学生からすれば普通の大人だっておっかない。ましてや相手は口裂け女。異常に足が速く、軟球ボールも楽々噛み潰し、さらに武器まで持っているとくればますます怖い。この時点でホラーとしては充分なのだが、本作の魅力はそれだけではない。

もうすぐ訪れる中学生活を前にして、将来への不安や男女の運動能力の差から生じるコンプレックス、ひそかに思ってはいるが本人には絶対に言えない恋心など、思春期を迎える少年少女の心情の描き方が非常に上手いのだ。また口裂け女の弱点に気付いた二人が作戦を立てるシーンがちょっぴりフェティシズムを刺激するのも良い感じである。

朝陽が毎朝やっている日課や陽奈が野球をはじめたきっかけなど、物語前半で描かれる二人の日常や過去の思い出が後半のある一点に向けて収束する構成も見事。少年少女のひと夏の冒険と成長を鮮やかに切り取ったジュブナイル小説だ。


(「夏の物語」4選/文=柿崎 憲)

肉体もメンタルもすり切り寸前な風俗嬢たちの殺人群像劇!

  • ★★★ Excellent!!!

ある夏の夜に風俗店で一人のボーイが殺された。容疑者は事件の直後に店から姿を消した風俗嬢4人と1人のボーイ。彼女たちの中で本当にボーイを殺したのか、そしてなぜ他の4人は真犯人をかばって失踪したのか。

本作で重要なのは誰が殺したのか、どうやって殺したのかといった部分ではない。何より注目すべきは事件に至るまでの主人公たちの心理である。

本作は群像劇形式になっておりスポットが当たる登場人物が順番に代わっていく。それぞれ性格が全然違うのに、揃って心に薄暗いものを抱え、しかもそれを隠すのが皆上手い。おかげで互いのことを思っているはずなのに思いは平気ですれ違い、真実はますます混迷の渦へ。

また、バックヤードでの何気ない会話、店に来る嫌な客、空間の匂いや汚れなどの細かい部分など、作品を構成する細かい部分の一つ一つにリアリティーがあり、作者の観察力と描写力の高さを感じられる。おかげでだいぶ生々しい内容になっているのだが、そこにスピード感のある文体が組み合わされることで、読み終わった時にはどこか爽やかささえ感じられるのだからものすごい作品だ。


(「夏の物語」4選/文=柿崎 憲)

僕と従弟の夏休みの記憶

  • ★★★ Excellent!!!

ホラーというのは怖さが何より一番大事!という感じのジャンルではあるが、それだけがホラーではないと感じさせてくれるのがこちらの作品である。

篤の両親は、とある事情で篤の従弟であるマキオの家の鍵を預かっていた。そのためマキオは毎日のように篤の家を訪れ、篤はマキオのために彼の家の鍵を開けて上げるのが、夏休みの習慣になっていた。

なぜか日に日に減っていくマキオの家の荷物。夏休みに入ってから一度も姿を見せようとしないマキオの母などと気になることはあれど、篤は年上のお兄さんとして毎日のようにマキオの面倒を見ていたのだが……。

高校生になって全てを知った篤はこの小学生時代の夏休みを振り返りこのように語る。
「不思議と怖ろしくはなかった。」

決して怖くない話ではない。真実がわかったときにゾクリとするのは確かだ。だが、本作でそれ以上に目立つのが寂しさや物悲しさといった寂寥感。語り口の上手さもあって、ただ怖いばかりが怪談ではないというのをきっと実感させてくれるはずだ。

真夏のど真ん中に読んで背筋を冷やすというよりも、夏が終わりゆく時期に読みたい一作である。


(「夏の物語」4選/文=柿崎 憲)