東京は近年まれに見る大雪で、気温も氷点下となるなど(東京にしては)寒さを極めている。前回は恋愛ものでほっこりしようと思ったが、逆に寒さ際立つときほど楽しめるホラー的な作品を今回はフィーチャーすることにした。小説は感情を操作するメディアなので、恐怖とはとっても仲が良いのだ。とはいえホラージャンルから4本選ぶわけにもいかないので、何らかの意味で"怖い"作品を。「コンビニで夜勤バイトを始めまして。」王道ホラーである。単純にうまいホラー作品だが、何が怖いって私たちにも身近なコンビニという題材がいちばん恐怖をかきたてる。「インナーペアレント」モラハラ夫と離婚したい妻の奮闘劇だが、団地にめぐらされた陰謀がかなり怖い。「俺の取り柄は顔しかない。」せっかくピザデブニートから転生できたのにマジで顔が「イケメン」というだけだった(イケメンならいいのでは?)と思われたら内容を……。「とある事件の異常性について」今回いちばんきな臭い作品。選挙に出馬した際、公約の文字数が短いと殺されるという噂が……。
夫婦関係を中心とした家庭問題がワイドショーや雑誌等で消費されているのは周知の通りだが、今やネット上でも人気コンテンツである。
なかなか他人の家庭を覗き見ることはないため、私たちは表面的な「普通さ」で物事を判断しがちだが、実際には各家庭で異なった習慣が運用されており、時折それが異常な行動とつながっている。そういったものの告発や批判が一種のショーになってしまっているのだ。
本作は、新興住宅地の一家庭の、モラハラの激しい夫に抵抗する妻の様子を描いたもの。あまりこのジャンルに親しくない読者なら、この夫の様子は戯画的すぎるし、周到に反撃計画を練っている妻もまた虚構めいていると思うだろうが、実によくある――がゆえにリアルだということは述べておいてよいだろう。
虐げられたものが立ち上がる様には大義があるが、戦場で生き延びているうちにいつしか立派な戦士になっていたというにはやはり悲惨すぎる展開で、この物語のホラー的本質は、平和な家庭もいつ虚無へと転がり落ちるか分からない、ということである……。
(寒すぎる夜をより寒く!? 怖い話4選/文=村上裕一)
寒い作品というテーマで作品を選出したのだが、ぱっと見たときこの作品をそういう風に思う人はいないだろうし、普通のラブコメとして読んでもらってもいいのだが、冷静に考えるといじめをきっかけにひきこもりのFPS生活に追い込まれ、ゲーム中に脳卒中か何かで死んでしまうというのは結構なホラーである。
幸運(?)なことに主人公は真条基というイケメンに転生できたのだが、必ずしも順風満帆ではなかった。
父が急死、彼が保証人になっていたことで借金を背負い、持ち家を失うなど家は困窮、子どもたちを養うために働き詰めだった母は、基が成長する頃には病院送りになっていた。悲惨である。
転生した意味はあるのだろうか。
物語の本筋が始まるのはここからで、人口減に苦しむ国家が、特定の人にだけハーレムを形成することを許可・促進するアダムプログラムというものがあって、基はそれに選ばれる。
やった!チートハーレムだ!
……と思うじゃろ?
基は前世の卑屈ヒキニート性格を大いに引きずって、せっかくのイケメンという能力をぜんぜん活用できんのじゃ……。
(寒すぎる夜をより寒く!? 怖い話4選/文=村上裕一)
当初は「こんな客は嫌だ!」的な内容を想像していたが、ところがどっこい純粋に幽霊・怪奇現象ものである。
霊が集まるコンビニで霊障にまみれながら仕事をする袴田の様子は、ちょっとしたホラーゲーム実況のようだ。
人間の登場人物たちがキャラ立ちしていて快活なため、かえってホラーシーンとの落差が際立つ。
たとえば霊が見えるヤンキーと深夜アニメ好きなオタク少女という二重人格的な設定の平井さんなどはその代表格と言える。
彼女が登場すると明るい雰囲気のやりとりを楽しく読み進められるわけだが、いつ霊的な落とし穴があるかという恐怖も同時に湧いてくる。
平井に限らずどの人物においてもこれは同じことで、こういう落差の演出こそがホラーの技法である。
それにしても恐怖とは何だろうか。
それは基本的には鋭敏な感受性と想像力であって、そこにないものをあると思ったり、単なる風に過ぎないものに過剰な何かを読み取ってしまうことだ。
そういう感性の操作は小説という言語芸術の十八番であって、恐怖の断片とも言える些細な表現をぜひ楽しんでもらいたい。
(寒すぎる夜をより寒く!? 怖い話4選/文=村上裕一)
サンフランシスコ市長選をめぐる連続怪死事件を、記録調の文体で描いたミステリ作品。
最初の被害者となった有力候補者モンデリーズを信奉するものたちが、氏のキャッチフレーズ「美しい」を掲げて続々と選挙戦に出る様は、昨今の米大統領選挙や、仏シャルリー・エブド事件の「私はシャルリーだ」を彷彿とさせて政治的ウィットを感じる。
作品の筋としては、モンデリーズたちをめぐる謎の殺人事件こそが主要な謎である。
最初のモンデリーズの死も謎だが、その後の模倣者たちの死因も謎で、死因にまつわる都市伝説――公約をパクると殺される、一定の字数以下だと殺される、という話もどこから出てきたのかかなり不穏である。
人が死にすぎの選挙戦自体そもそも異常だが、どうもこの文章全体がYomoto Mox(作者と同名)の記事によるものであり、彼がモンデリーズと関係があることは作中でも仄めかされているが、そもそも登場人物のネーミングもきな臭く、謎解きはほどほどに、まずは薄ら寒い怪文書的な文体を楽しんでみていただければと思う。
(寒すぎる夜をより寒く!? 怖い話4選/文=村上裕一)