銀河鉄道に呼ばれて

宝や。なんしい

第1話

いつの間にか、街灯が点いている。

さっきまで、西の空を真っ赤に染めていた太陽の姿は、どこにもない。

また明日。

また明日、なんて、やってくるんやろうか。

また明日、今日この場所を照らしていた太陽が、

また明日、ちゃんと戻ってきてくれる保証なんてない。

私が、突然、はじめにふられたみたいに。

予測もせえへんかったことが、おこるかも知れへん。


ふと、顔をあげた。

冷えた風が制服のスカートの裾を、微かに揺らしていった。

皮膚が乾燥して顔の表面が張りつく。

笑えない、どうしても。

そして。

さっき、急に思い立ったことを、実行する決意を固めた。


踏切のバーが下りる。

もうすぐここを、急行電車が通過する。

ものすごいスピードで

けたたましい警報器。

足の裏に、微かに感じる振動。

近づいてくる。

電車。


背中が熱い。

燃えているみたいに。

心拍数があがり、緊張してきた。

上手くできるだろうか。

失敗するとどうなるか想像できない。


こういう時は、何も考えないのに限る。

お父ちゃんの口癖。

「こういう時は、何も考えないのに限る」

もったいぶってるけど、内容はない。

でも今、私は、正しい使い方をすることができた。

さすが、私のお父ちゃんや。

最後に役立ったやん。


前照灯に照らされて、線路が不気味に光った。

風が逆流している。

虚脱した私の体が、吸い込まれそうになる。

いつもなら、ここで踏みとどまるんやけど

一歩前に、踏み出した。


目を閉じるつもりはなかった。

でも、いつの間にか閉じてしまっていたようだ。

慌てて目を開けたけれど、

きっと、もう、間に合わない。


私の体は、巨大な車両に踏みつぶされて、ぶつぶつと細かく裁断されていく。

体中を流れる七割の液体が、周りの迷惑を顧みず

あちこちに飛び散って汚していく。


さようなら。

馨。

後悔しても遅いで。

ああ、残念。

俺のせいで梨花が死んだんやあ、言うて、泣きわめく馨の姿を見ることができへん。


「あれは、ちゃうねん。

ちょっと試しただけやねん。

ほんまは、舞より梨花のほうが好きやったのに。

ごめん、なんで? なんで死んだん?

俺が好きなんは梨花だけやったのに」


ふふ。

なんちゃって。

完全に、私の妄想。


「梨花。俺、お前のこと、一回も好きって思ったことないわ。それに、俺、今、舞と付き合ってるし。俺にも選ぶ権利あるし、ほんま、やめてくれや、ははは」


それが幼馴染の勇気ある告白に対する、返事か。

ほんまに馨はアホやから、なんでも思ったこと口にしよる。

思いやりの欠片もない。

でも、悲しいかな、そういうところも好きやねんなあ。


それにしても。

馨にふられたくらいで、自殺やなんて、私もヤキがまわったもんやな。

衝動とはいえ。


あれ?

ちょっと待てよ。

まじで?

まじで、私、自殺?

自殺、実行しちゃってるやん。


ちょっと、なんでこんなしょおもないことで、死ななあかんの?

やめてや。

死にたない。

死にたくなんかないわ。

だって、今日、お父ちゃん、青森から帰ってくるのに。


梨花の作ったコロッケ食べたいっていうてたから、作ったらなあかんのに。

ほんまは、駅前のお肉屋さんのコロッケやねんけど、私が作ってるって信じてはる。

お父ちゃん、私が死んだら、これからよう生きていけへんやん。

一人ぽっちで、かわいそうやんか。


何してんの、私。


でも。

見てや。

完全に手遅れや。

私の身体、もう跡形もなくなってるんやもん。

風船がしぼんでいくみたいに、ぺちゃんこになって、ぺらっぺらになって。

ほんで、最後にはなくなってしもた。

 

なあんにもなくなって、脳漿も一滴も残らず流れ出てもおたのに、ここで、まだ未練たらしくちんたら考えられているのはどういうこと?


いったい、これは誰?


ただ今、体験中ってことかな?

つまり、幽霊ってほんまにおるってこと?

全然信じてへんかったわけやないけど、リアルに体感すると、それはそれで微妙。

私はたった今、電車に踏まれて、出来立てほやほやの可哀想な美女の幽霊ってことやろ?


まいったなあ。


とりあえず。

幽霊って何したらええん?

こういう時って、なんかほら、きれいな顔した死神みたいなんが現れて、いろいろとこれからのこと、指南してくれるんちゃうん?

誰も現れへんやん。


憐れやなあ、私って。

馨にしょおもないふられかたして、ほんで、お父ちゃんほったらかして、衝動で大事な命、粗末に扱って、ほんで、死んでからも誰にも相手にされへんやて。


ほんま、嗤うわ。

はははははは。

はははははは。

もういっちょ。

はははは。


これから、私は、ここで、誰かが死ぬのを待つしかないってことか。

したら、仲間ができるしな。

ええ人やったらええなあ。

できることなら馨に死んでもらいたいところやけど、そううまいことはいかんわね。


梨花が死んだこの場所で、俺も。

って。

そんなわけあるか!

ははは。

あほらし。


お父ちゃんが後追い自殺したら、切ないなあ。

でも、お父ちゃん、一人では生きられへんやろうから、心配。


案外、彼女でもできてハッピーに暮らしよるかも知らんな。

「こういう時は、何にも考えないことに限る」言うて。

それにメロメロになる女が現れて。


………。

望みは薄いけど、

ないとは言い切れんやろ。


警報器が鳴る。

赤いランプが左右交互に点滅。

暗闇の中、私の意識が浮遊する。


身体がないと、しんどいところがまるでなくて、快適。

眠くもないし、疲れることもないし。

ただ、退屈になりそうやなあ。

これからの、膨大な時間。

どう過ごそうか。


ひときわ踏切が賑やかになった時、

列車がけたたましい音をたてながらやってきて、突然急ブレーキを踏んだ。

おそらく、

予定していたはずの止まらなあかん位置より、随分通り過ぎてしまったんやないかな。

どんくさいな、この運転手。


私の目の前には、長い長い車両の一番後ろの扉。


列車はさも初めからそのつもりでしたと言わんばかりに、堂々としたもんや。

自信のある人って、どこかそういうところがある。


子どもの頃に死んだお母さんがそういう感じの人やった。

失敗しても、私とちゃうよ、みたいな顔をしていつも平気そうにしている。

いや、あんたやん! って、心の中で何回も突っ込んだけど、

本人にはよういわんかったな、私もお父ちゃんも。


そんくらい、堂々としてた。


もしかしたら、

間違えてたんは、私やったんやろうか、と思わせるくらいの迫力やねん。


青黒い煙がどこからともなくたち昇り、周囲の風景から遮断される。

扉が、がたがたと古臭い音をたててゆっくりと開いた。


ぽっかりと真っ白い空間。

つまり。

乗れってことか。


銀河鉄道みたいに、私はこれに乗って、カンパネルラと共に旅をする。

確かに。


これに乗ったら、あんなに恋しかったお母さんに会えるんやろうけど。


私は少し考えて、いや、結構、と言った。


すると列車は、あっさりと扉を閉めて、ためらいもせずまた発車して行ってしまった。

巻き上がる強い風が吹いて、私の短い髪の毛が束のまま頭皮からはがれそうになる。

列車は細長い身体をくねくねと動かしながら、暗闇の中へ次第に呑み込まれていった。


悲しい時ってさ、何にも考えないでいるってのは案外難しいで、お父ちゃん。

お父ちゃんも

お母さんがおらんようになったとき

そう思ったんかも知らんな


そうすると

「こういう時は、何も考えないのに限る」

は、

途端に深い意味を持ってくるやん。


生ぬるい風がふいて、頬をすべっていった。

指が微妙に痺れている。


あれ、

生きてる。

はは。

夢やったんかな。

銀河鉄道に乗らんかったから

戻ってきたってことかな。

はは。


不思議


ほっとしたような、ちょっと残念なような。


さて。

そろそろお父ちゃん帰ってくる頃やし。

コロッケ買って帰りましょか。

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