【終章:誰も語らなかった朝に ――ミンチよりひどい日常を生きていく】
儀式は終わった。翌朝、サイド6には静寂が戻ってくる。街は機能回復を急ぎ、大人たちは仕事へ戻り、子供たちは冬休み明けの登校日を迎える。
すべての悲劇はまるで何もなかったかのように覆い隠される。
クリスチーナ・マッケンジーは地球への転任が決まり、コロニーを去っていく。
彼女は知らない。自分が愛おしく想っていた青年バーニィを、自分の手でミンチにしたことを。
アルは港で彼女を見送るが真実を告げることはできない。
「さようなら、アル。バーニィによろしくね」
その笑顔に向けられた沈黙こそが少年が背負った罰の重さであり、同時に彼が初めて手に入れた「大人になるための切符」だった。
富野的な「ニュータイプの共振」による相互理解などない。あるのは決定的な断絶と、一生抱えていく秘密だけだ。
そして物語は残酷なエピローグへと収束する。
小学校の全校集会。校長の長い退屈な話。
平和だ。欠伸が出るほど平和だ。
バーニィはこの「死ぬほど退屈な日常」を守るために、あの激痛の中で散ったのだ。その事実に気づいた時、アルの瞳から涙が溢れ出す。
涙を見た友人たちは、「悲しいのか?」とは聞かない。彼らはこう慰めるのだ。
「へいきだって。戦争なんて、またすぐに始まるよ」
「そうさ! こんどはもっと派手で、もっとでかいやつがさ!」
この無邪気な一言こそが、我々に突きつけられた最後の
友人の言う通りだった。
一九八九年のあとも戦争はすぐに始まった。
『F91』が、『Vガンダム』が、『Gガンダム』が。商業的な要請に従い、新しい「カッコいい戦争」は次々と供給され続けた。
私たちはまたそれを消費した。プラモデルを買い、激戦に熱狂し、戦争を消費し続けるサイクルから抜け出せてはいないのだ。
だがそれでも。
もはや一九八九年以前の無邪気な子供には戻れない。
私たちの胸のポケットの中には、決して消えない「熱」が残されているからだ。
新しいガンダムを見るたび、ふと脳裏をよぎる影がある。
首のないアレックスの亡霊。
森の中で燻るザクの残骸。
そしてビデオレターの中で、照れくさそうに手を振る、才能のない青年の笑顔。
神殺しは一度きりだ。ガンダムというコンテンツは死なないし、これからも続いていく。
しかし『0080』のスタッフたちがザクに乗って特攻し、富野由悠季という神に刻みつけた傷跡は、四〇年経った今も私たちの心臓に突き刺さったままだ。
この痛みこそが、命を削って遺した僕たちへの「愛」だったのではないか。
世界は残酷で不条理で、時々どうしようもなく退屈だ。
けれどバーニィ・ワイズマンが命を賭して守ろうとしたこの「ミンチよりひどい世界」を、僕たちは歯を食いしばって生きていくしかない。
いつかまたどこかの空で、あの下手くそなパイロットに会える日を信じて。
富野由悠季が殺せなかったガンダムを、誰が殺したのか? ――『ポケットの中の戦争』が遂行した父殺しの全記録 すまげんちゃんねる @gen-nai
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