【第5章:一二月二五日、首のない神の死体】
すべての役者が揃った。
宇宙世紀〇〇七九年一二月二五日。神の
無意味な死と知りながらちっぽけなプライドのためだけに戻ってきたバーニィ《ザク》と、神の抜け殻として冷徹に立ちはだかるアレックス。
この戦闘シーンの凄まじさはMSの巨大さを感じさせる重量感や、木々をなぎ倒す環境破壊の描写にあるのではない。
それは「天才と職人の戦い」の結末が、残酷なほど鮮明に焼き付けられている点にある。
バーニィは最後の切り札としてヒート・ホークを握りしめ、煙幕の中から飛び出した。
対するアレックスはクリスの悲鳴と共に二本のビーム・サーベルを起動し、迎撃の構えを取る。
ここでの武装の対比を見てほしい。
ビーム・サーベルは未来の科学であり、触れるものすべてを溶断する魔法の剣だ。これは「ガンダム」という作品が持つフィクションの輝きそのものである。
対してヒート・ホークは、刃を高熱化させて物体を叩き割るただの「斧」だ。原始的で、最も泥臭い凶器である。
一九八九年の
二機は交差し閃光が爆ぜた。
ザクはコックピットをビーム・サーベルで正確に貫かれ爆発した。バーナード・ワイズマン伍長の肉体は直撃の熱と衝撃によって蒸発し、文字通りのミンチとなった。
完全な敗北だ。
物理法則において資本力において、そして物語の勝敗においてザクはガンダムに勝てなかった。
だが煙が晴れたあとの光景を見た時、私たちの背筋は凍りついたはずだ。
爆煙の中にふらりと立ち尽くす、勝利者であるはずのアレックス。
その頭部が無かった。
ザクは死に際にあの一瞬の交錯の中で、ヒート・ホークをガンダムの顔面に叩き込み、その首を
ロボットアニメにおいて「
その顔を失い首から火花を散らして立ち尽くすアレックスの姿は、もはや正義のヒーローではなかった。それは魂を失ってただ動いているだけの、無様な殺戮機械の
これこそが『0080』のスタッフたちが遂行した「神殺し」の決定的瞬間である。
彼らは理解していたのだ。自分たちがザク《敗者》であることを。
だからこそ「勝とう」とはしなかった。彼らが狙ったのは相討ち、いや、自分の命と引き換えに相手に消えない傷を刻みつける「道連れ」だ。
「俺たちは死ぬ。作品の中でバーニィも死ぬし商業的にも本家ガンダムには敵わない。だがなお前たちのその綺麗な顔だけは絶対にへし折ってやる」
首のないガンダム。
それは富野由悠季というカリスマが築き上げ、商業主義が磨き上げた「ガンダムの威光」が、名もなき職人たちの手によって物理的に破壊されたことを示す勝利のトロフィーだった。
直後に駆けつけた連邦軍兵士たちは慌ててガンダムにシートを被せ、その無惨な姿を隠そうとする。
だが遅い。
私たちは見てしまったのだ。無敵だと思っていた神様が首を
バーニィは命を落としたが、その代償として「ガンダムのカッコよさ」を殺害することに成功した。
この瞬間、一九七九年から続いてきた神話は終わり私たちは「信じるべきヒーロー」を失った。
クリスマスの雪原に残されたのはバラバラになったザクの残骸と、首のないガンダム。そしてそのどちらにもなれなかった私たち視聴者の、空っぽの心だけだった。
この荒涼とした風景こそがクリエイターたちが一万字の言葉を尽くすよりも雄弁に語った、八〇年代ロボットアニメへの冷徹な「
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