教室中央の円形球体
ほしわた
教室中央の円形球体
第一話 観察初日
【観察記録】
記録者:円城まどか
教室中央の机に、透明な球を確認。
直径は両手で抱えられる程度。表面に傷は見当たらず、光の反射が一定でない。
当該机は名簿上、空席である。
生徒配置図にも使用履歴はない。
授業開始前、数名の生徒に確認したが、
「いつもそこにある」との返答が共通していた。
設置時期についての具体的な記憶は、誰からも得られなかった。
念のため、校内の備品管理台帳を確認。
該当物品なし。
休み時間中、球に触れようとする生徒はいなかった。
注意喚起も行っていない。
特記事項として、生徒・球磨まるいが
球の前で立ち止まり、何か言いかけてから席に戻った。
内容は聞き取れず。
本記録は、状況把握のための備忘である。
明日以降も、同条件下での変化を観察する。
【観察記録】
一日目
教室中央の机に、透明な球を確認。
第二話 調査
【観察記録】
記録者:円城まどか
前日の記録をもとに、教室中央の透明な球について外部調査を行った。
検索語句「球体」「教室」「ガラス」。
一般検索、学術検索ともに該当なし。
画像検索においても、類似物は確認できなかった。
検索語句を「円」に変更。
形状ではなく概念として再検索。
地方新聞のデータベースに、断片的な記事が一件表示された。
紙面は黄ばみが強く、文字の欠落が多い。
発行年は昭和初期と推定されるが、日付は判読不能。
記事内容は以下の通り。
――校舎中央の机に置かれた円形のガラス球について、
児童らが日誌形式で観察を行っている――
掲載校名は
円丸尋常小学校。
添付されていた白黒写真は不鮮明だが、
机の位置、球の大きさ、反射の仕方が
現在教室にあるものと一致していた。
同校について追加調査を行ったが、
廃校記録、統合記録、所在地の痕跡は確認できなかった。
現存しない、というより
最初から存在していない扱いになっている。
同日午後、丸森円香教諭に記事を提示。
一瞥した後、次のように述べた。
「……そんな学校、
最初からなかったと思うけど」
それ以上の確認は行われなかった。
帰宅後、再度記事を開こうとしたが、
該当ページはデータベース上から消失していた。
検索履歴のみが端末に残っている。
なお、
記事内に記されていた観察対象は
「円形の球」とのみ表現され、
正式名称は用いられていなかった。
本記録は、調査経過の整理を目的とする。
明日以降も、必要に応じて確認を継続する。
【観察記録】
一日目
教室中央の机に、透明な球を確認。
第三話 欠落(生徒)
【観察記録】
記録者:円城まどか
本日、出席確認の際、
生徒・球磨まるいの返事がなかった。
欠席理由の連絡は入っていない。
前日まで出席しており、体調不良の申告もなかった。
名簿を再確認したところ、
該当欄が空白になっていることに気づいた。
削除線や修正痕はない。
教室内の座席表にも、
球磨まるいの配置は記載されていなかった。
中央の机は、相変わらず空席である。
数名の生徒に確認。
「その席、最初から空いてますよ」
「球の前に立つ人はいませんでした」
球磨まるいの名前を出して尋ねたが、
反応は曖昧で、
誰も明確に記憶していない様子だった。
昼休み、職員室にて出席簿の再印刷を試みる。
最新データには、
該当生徒の登録自体が存在しなかった。
備考欄に、手書きで
「前日在籍」と記そうとしたが、
理由は不明だが、記入を取りやめた。
午後の授業終了後、教室を確認。
球は、中央の机の上に置かれている。
位置、高さともに変化なし。
球の表面に、
以前はなかった光の反射が見られた気がする。
測定は行っていない。
本件について、
丸森円香教諭に口頭で報告。
「名簿にいないなら、
最初からいなかったんじゃない?」
それ以上の対応は示されなかった。
本記録は、
生徒一名の欠落事案として整理する。
因果関係についての推測は記載しない。
【観察記録】
一日目
教室中央の机に、透明な球を確認。
第四話 圧力(業務)
【観察記録】
記録者:円城まどか
本日、教務連絡として、丸森円香教諭よりメールを受信。
件名:円城先生へ
内容は以下の通り。
教室中央の件について、
今学期中に整理をお願いします。
未処理のままですと、
夏季休暇中も対応が必要になります。
文面は簡潔で、感情的な表現はない。
対応期限は明示されていないが、
「今学期中」という言葉が強調されている。
当該教室を再確認。
球は中央の机の上にある。
机の位置は、
前回確認時よりも
わずかに正確な中心に近づいているように見える。
測定は行っていない。
業務上の判断として、
「整理」とは何を指すのかを検討。
撤去、報告、保管、記録終了。
いずれも具体的な手順は示されていない。
球について、
備品申請・廃棄申請の書式を確認したが、
該当する分類が存在しなかった。
同日放課後、
丸森教諭に直接確認。
「どう整理すればよいでしょうか」
丸森教諭は、
一瞬だけ中央の机に視線を向け、
すぐに目を逸らした。
「……円城先生が、
いちばん分かってるでしょう」
それ以上の説明はなかった。
帰宅後、
観察記録を整理する目的でノートを開いた。
最初のページに、
以下の記述があった。
【観察記録】
一日目
教室中央の机に、透明な球を確認。
以降の記録は、
ページをめくっても見当たらない。
本記録は、
業務上の対応検討を目的とする。
明日以降も、
必要に応じて観察を継続する。
【観察記録】
一日目
教室中央の机に、透明な球を確認。
第五話 対峙(中心)
【観察記録】
記録者:円城まどか
終業後、校内に残っている教職員はいなかった。
職員室の照明は落とされ、廊下の足音もない。
教室の扉を閉める。
中央の机は、いつもどおりの位置にある。
球は、そこにあった。
直径、形状、透明度。
初日の記録と差異は確認できない。
照明を落とすと、表面の反射だけが残った。
撤去・保管について検討したが、
必要な手続きが不明である以上、
判断は保留とした。
机に近づく。
一歩ごとに、
教室の広さが正確になっていく感覚があった。
球の前に立つと、
視界の端にあったものが
自然に消えた。
机、椅子、黒板。
すべてが「配置」として整理され、
中央だけが残る。
触れてはいない。
観察は、距離を保ったまま行われている。
球の表面に、
自分の姿が映っているのが分かる。
歪みはない。
位置も、中心からずれていない。
観察を終える理由は、
依然として見当たらなかった。
記録を残すため、
ノートを開く。
【観察記録】
一日目
教室中央の机に、透明な球を確認。
それ以外のページは白紙だった。
記録は、
初日から始めるのが適切だと判断した。
最終話 業務連絡
【受信メール】
差出人:丸森円香
件名:円城先生へ
件の件につきましては、
円城先生のご対応により整理が完了しました。
夏季休暇は、
通常どおり取得して差し支えありません。
教室中央の円形球体 ほしわた @hoshiwata_novel
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