忍法異界転生
カタリ
第1話 天草四郎転生す
寛永十五年(西暦千六百三十八年)二月二十八日、
背後に雄大なる活火山・雲仙岳を背負い、正面は美しい有明の海に臨む、本来なら実に風光明媚な土地である。何処までも広がる青い空を背景に、雲仙の火口より立ち上る白煙。或いは太陽を浴びて輝く有明海の青と、その上に沸き立つ真っ白な雲。白青二色の美しい光景はしかしこの日、真逆の色に染め上げられていた。黒煙と、紅蓮の炎によって。
そしてその炎の中で、かつて義憤に燃え立ち上がった数万の人々の生命が潰えようとしていたのだった。
遡ること一年前、寛永十四年。ここ島原で上がった百姓一揆の火の手は、時同じくして肥後国天草で起こった一揆と合流し、瞬く間に有明海を炎の色に染め上げた。彼等が一揆を起こした理由は、
一揆勢は現地の切支丹達の間で神童と呼ばれていた少年・
事態を重く見た幕府は、時の老中・
そして、運命のこの日。餓えに苦しむ一揆衆に対し、幕府軍は遂にその全力を以て襲い掛かったのであった。
「――――ッ!!――――――ッ!!」
誰のものとも知れぬ、言葉にならぬ悲鳴。敵とも味方ともつかぬ、
その疾駆を阻むように、左右から一揆衆が襲い掛かって来る。具足などは無く、骨と皮ばかりのやせ細った体に農作業着を引っ掛け、鎌や鍬を手にする男達。伸び切った
しかし武者はそれらを一顧だにせず、手にした太刀で斬りつけ、あるいは押しのけ、足を止めずに突き進む。やがて本丸の最奥、荒れ果てた廃城にここだけは新しく建てられたと思しき大きな平屋づくりの家屋へ辿り着くと、戸を蹴り開けて躍り込んだ。
そこは一言で言えば、本堂だった。高い屋根を支える柱を除いて壁など無く、広い板張りの床が一面に広がっている。寺院の本堂を武者が連想したのは、広間の奥に台座がありそこに本尊が鎮座していたからだ。しかしそれは尋常の仏像でなく、見る者の目を疑わせるような奇怪さに満ちていた。しかも、それが二つある。
片方の像は、遠目には菩薩像のようにも見える。しかしその吊り上がった目、裂けたかのように大きく開かれた口、伸びた舌は決して仏の面相ではない。両手に
もう片方はと言えば、こちらは更に異様である。隣に並ぶ鬼女の像と同じく乳房を晒した姿だが、その首から上は黒い山羊のものであった。腰から下も山羊や牛の如き蹄を生やしたものであり、奇怪な印を結ぶ手指が乙女と
真っ当な仏道には有り得ぬ、間違いなく邪教の祭壇であろう。
光の差さぬ本堂で武者がこれだけのことを見て取れたのは、床一面に並べられた
一つは本尊のすぐ前、蝋燭に埋もれるようにして
もう一つは、こちらも蝋燭に囲まれ本堂の中央に
(……魔性!)
それはまさに、魔性のなせる美貌であった。
明らかに男性でありながら、危ういまでの美しさを異装に包んだ佳人。
武者は先程感じた震えを懸命に飲み下すと、その手の太刀を構え直す。蝋燭を蹴倒さぬよう、慎重に歩を進めながら佳人に向けて声を掛けた。
「
左衛門の名乗りを受け、天草四郎と呼ばれた佳人はゆっくりと彼に向き直った。そして、
「肥後ん
そして四郎はこちらも太刀を抜き放ち、左衛門へ向け駆け寄ってくる。左衛門も大きく踏み出し、振り上げた太刀を
――
異様な手応えに、左衛門は目を
左衛門が震えたのは、その手に伝わった感触ゆえである。まるで豆腐に包丁を立てるかのように、するりと滑らかに首を切り落としたのだ。かつて味わった事のない手応えに怪しみつつ、左衛門はもう一人の老人に
(……血が出ておらぬ?)
斬首には
「ひいっ!」
左衛門は武者にあるまじき、
――にぃっ。
笑った。胴体に抱えられた、左衛門がその手で斬り落としたはずの首が。もはや左衛門は両の足で立つことが出来ず、腰が抜けたようにその場へ座り込む。天草四郎であったものは彼に背を向けると、異形の本尊に向かって歩き出した。
「
「次は魔界で
体と繋がっていない四郎の首が声を発すると、本尊の前に座る老人がそれに答える。気がつけばこの本堂は、左衛門と四郎の
「な…な…
腰が抜けて座り込んだまま、息も絶え絶えに左衛門が声を漏らす。それに対する
「四郎様はな、魔人に
「ま、魔人じゃと……」
全身を火に包まれていながらも、動ぜずに座すままの老人が声を上げる。宗意と呼ばれていたことからも、この老人こそが一揆の軍師と目される
「我が
「帰って伊豆(松平信綱)に伝えい。百姓と切支丹、有馬や小西、
その声を最後に、老人の姿は完全に炎の中に消え去った。左衛門は呆然とそれを見終わった後で
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地面に背中から落ちた衝撃で、僕は意識を取り戻した。
「あっ……いたたた……」
下は牧草が生えているとはいえ、羊を囲うための柵の上から落ちたんだからそりゃあ痛い。苦痛を我慢して起き上がると、腰を伸ばして自分が生まれ育った農場を見渡す。その瞬間、当たり前に馴染んだはずの景色が何だかとても不思議な風景のように思えて来た。得も言われぬ違和感に、慌てて今何をしていたかを思い出そうとする。
「えーと、ここは迷宮都市アモルファスの郊外にある僕の家の農場。羊の番をしていた僕は、囲いの柵の上を歩いて遊んでいて、それで足を滑らせて……」
言葉にすると、色々なことが鮮明になっていく。
「一揆衆を率いて反乱を起こして、落城の
そうだ、思い出した。思い出してしまった。
僕は、いや俺は、肥後国天草の住人にして島原と天草で決起した一揆の首領、
忍法異界転生 カタリ @katari4413
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