後編 光と闇の闘い
ミチの熱い口づけによるラブパワーの注入により、辛くも勝利しサクライを爆殺してから幾星霜……僕は、アトランティスの光戦士として、戦い続けていた。
敵の手は緩まないどころか、激しさを増した。特訓もだ。1日48時間体制の日々は終わりがなかった。特訓し、力を増し、疲弊し、戦い、追い詰められ、そのたびにミチからラブパワーの注入を受け、勝利する。もはや僕は、ミチのキス無しには生きられないラブパワージャンキーと化していた。
しかし、救いもあった。日本中から新たな覚醒者が5人現れ、アトランティスの光の戦士として加わったのだ。スカウトしたのは、県内だけでなく全国を飛び回る「真・地球教」の教主、ミチの父親・高見沢彦蔵。もちろん、毎日の駅前演説も欠かさない。ミチもあいあわらずピンクジャージでビラ配りをこなしていた。
こないだオフ日にちょっと聞きに行ったけど、内容はご時制を反映してますますエスカレートしていた。たしか、日銀の利上げがしょぼいのもムーのやつらの陰謀だとかなんだとか……まあ、僕は物価高を心配するどころじゃあない日々なんだけど。
――そうして僕たちアトランティスの戦士は、ムー帝国の光の闘士との死闘を繰り広げ、ついに、最終決戦の日を迎えたのだ。光陰矢の如し、月日は百代の過客にして、驕れる者も久しからず。僕たちは多大な犠牲の上に、ムー帝国の野望を追い詰めるに至っていた。
そう、多大な犠牲だ。悲しむべきかな、集った戦士たちは、もういない。カトウもキタヤマもヒラヌマもイムラもアシダも……皆、ムーの闘士と刺し違えて星屑となってしまった。
残ったのは、高見沢ミチと、坂崎幸雄の二人だけ。僕とミチしか残されていないのだ。あと、ミチのパパも元気だし、凡人類たちは相変わらずの平和と物価高を謳歌している。人知れず、僕たちの闘いは続いているのだった。
でもね……そんなことよりもっと重大な問題が、僕の身体には起きていたんだ。
――もう限界なの……青春が、暴発しそうなんだよう……。
§
今日もベリーハードっていうか、もはや難易度インセインな〈裏時間〉での特訓を終えて、僕はぐったりとグラウンドに突っ伏し、土を舐めていた。どうせなら、目の上に立っているミチが流す汗をペロペロしたい……なんて思っていたら。
「明日はとうとう、最終決戦だね」
「……だね。なんでこうきっちり予定が立つのか、いまだに謎なんだけど、とにかく勝って、僕はミチと――」
僕が言い終わらないうちに、ミチはご褒美をくれたんだ。
「あのね……今日の夜はお父さん、セミナーで留守なの……家、来ない……?」
「行っきまぁーっす!」
僕は何事もなかったように、跳ね起きた。
正直、〈裏時間〉での特訓は肉体疲労は大したことはないんだ。おそらく、〝老いない〟ことと関係があるのだと思う。その代わり精神疲労がヤバかった。もちろんこれは、悪いほうのヤバいだ。でもそれも、ミチの魅惑的なお誘いで秒で全快した。
〝邪教は出ていけ!〟だの〝陰謀論者はタヒね!〟などとスプレーで落書きされた壁や扉を横目に、僕は高見沢家にお邪魔した。
それにしても、ミチがこんなにピンクが好きだったとは知らなかった。よく着てるピンクジャージはたまたまかと思ってたんだ――いや、忘れていたけど思い出した。前世と同じく、ミチの部屋はピンク色で溢れている。でも、少しもいやらしさはない。かわいくてファンシーな、そういう方面のピンクだった。
てか、さんざん訓練して汗をかいたんだよ? お腹もすいたし、汗も流したい。あとで、別の汗を流すとしてもだ。なのになぜ、僕はピンクの牢獄で正座している?
ミチの部屋のローテーブルには、きれいな文字でびっしり埋まったA4用紙が束になって置かれ、表紙には「ムー帝国打倒後の地球再建計画について」とか書いてある。さすが、前世でも今生でも才媛の名にふさわしいミチらしいなと思うけど……。
「汗かいちゃった、わたしシャワー浴びてくるね」と部屋を出たきり、ミチは戻ってこなかった――あ……いや、これ、違うよね?
これは、誘われているよね? いいんだよね? だって、わざわざお父さんがいない日なんだぞ? そういうことに……決まっているっ!!
地獄の特訓で身に着けた隠密スキルを駆使して、僕はミチの部屋を出て、服を脱ぎ散らかしながら、青白縦ストライプのパンイチになり、シャワーっと音がする浴室へと忍び込んだ。脱衣かごに居並ぶ、汗ばんだピンクの下着に誘惑されるが、今は、中身が肝心だ。
だってもう、僕の青春は、輝きを通り越して爆発しそうなんだよ!
それもこれも全部、ミチがラブパワーを過剰注入したせいなんだ……そうしないと、僕がぜんぜんヘタレで勝てなかったのもあるにはあるけど――ここは、ヘタレている場合では、ないっ!
「ミチーッ! もう、しんぼうたまらーんっ!」
「いやーっ、サチオくんのえっちーっ!」
湯煙の中から、ミチのノーモーションの縦拳が伸びてきた。かわせない。ストレートリードだ。左足で床の反力を得て、豊かな腰に伝え、背骨を伝い、右肩を通じてまっすぐ骨をそろえて拳に乗る恵体の全重みが、僕の顔面に炸裂した。
劣情ではない外傷による鼻血を吹いて、僕は浴室の床を舐めていた。
「もうっ、ダメだよ。そういうのは結婚してからねっ」
「ごめん、でも僕、限界なの……ラブが溢れて辛いんだよぅ……」
くっそー、湯煙もうもうでミチのあれやこれやがまったく見えない。それどころか、何か猛烈なエネルギー体が頭上から迫る気配がして……?
ドッ、ゴーンッ!
浴室の天井を突き破り、奴は現れた。
「ふはははは! サチオ、この女は頂いていく。返してほしくば、月の裏側までやってこい! 一人でな!」
そう言い捨てて、全裸のミチをかどわかして飛び去ったのは、採石場の塵となったはずの、サクライだった。
§
僕は今、凡庸な高校生になり果てたことを感じていた。
「終わった……僕は負けたんだ。きっと今頃、新たな力を得たサクライが全裸のミチをあれやこれやして……」
朦朧として呟く僕は、NTRが大嫌いだった。しかし――
「立て、少年よ。まだ戦いは終わっていない。今こそ、真の力に目覚める時だ」
月明りを背にして現れたのは他でもない、ミチの父親にして教主の、高見沢彦蔵その人だった。
声につられてよろよろと立ち上がるとそこは……何もない、真っ白な空間だ。
「修行の時間だ少年。ムーを滅ぼし世界に平和を取り戻すか、さもなくば、氏ね」
無常に言い放つミチの父親は、しかし瞳に希望を宿していた。
つまるところここは、真の裏時間。伝奇的に表現すれば、仙境だった。時の流れが存在しない。しかし、成したことはすべて己の身に宿る。
高見沢彦蔵は陰謀論者の狂人ではなかった。正真正銘のアトランティス人の科学者。〈裏時間〉を生み出した張本人だったのだ。どうりで、ミチが化け物じみた強さを持っているわけだよ……こんなところで、いつも訓練を積んでいたんだな。
僕はアトランティス由来のあらゆる科学技術、戦闘術を身に宿すべく、生死をさまよい続けるような修行の日々を、5年過ごした。それでも、ミチの足元にも及ぶかどうか。でも、確実に、サクライには、勝つ――っ!
僕は〝真・光の戦士〟として、覚醒した。ラブパワーに振り回されることもない。青春のリビドーは、僕の自在な力の一部となっていた。
5年ぶりの通常空間だ。浴室の湿度は高いまま。あれから5分と経っていない。
「行ってきます、お父さん」
「父と呼ぶにはまだ早い……だが、娘を頼む」
「はい……パパ。今行くぞ、サクライ! 待っててね、ミチっ!」
僕の力は、増していた。宇宙最速最強の力を手に入れていたのだ。
光速。一蹴りで飛翔し、目の前には月が迫った。高見沢家一帯は灰塵と化したろうが、まあ……ええやろ。お父さんがどうにかしてくれるさ。なんたって、アトランティスの叡智そのものな人なのだから。
§
地球を飛び立つこと、1.3秒後。僕は、月の裏側に立っていた。
「早いなおい、早すぎるだろっ!」
サクライが驚き叫ぶ。後ろには、いい具合にあちこちをハイライト描画で隠されて、クリスタルの中に封印された全裸のミチが眠っていた。
「いや遅いっ! 僕にとっはすでに5年の月日が流れているのだ!」
「真・裏時間での修行か……だがな、俺とてかつてのサクライではない。マシンボディによる強化能力を手に入れ、サクライ・改となり、帝国内でクーデーターを起こしてマスター・ムン総帥を打倒、帝王サクライとなったのだ! 俺こそがムー、ムーこそがサクライ、俺が立ついかなる場所も、常に神聖ムー帝国である!」
「長いな! 説明し過ぎだろ! でもまあそろそろ、僕たちの物語にも幕を引こうじゃないか、サクライっ!」
呼びかけと同時に、決戦の火ぶたが落ちる。だが、サクライは動かない。さすが帝王、帝王は動かないもの――じゃない、僕が、速すぎるのだっ! だって、この宇宙で僕を超える速度は存在しないのだから。
「光速でウンコをしたらって命題の答えを、おまえは知っているかい?」
そう決め台詞を吐いて、僕は軽いデコピンを帝王サクライにお見舞いした。
月の裏側の半分が吹き飛んだ。甚大な衝撃波が、残存していたムー艦隊をも壊滅する。かろうじてサクライは、そのマシンボディを粉々に砕かれるにとどまり、月の大地に横たわってた。さすが、帝王と言うべきだろうか、見事な最後だ。
「終わった、終わったよミチ」
クリスタルに目を向ける。不思議パワーに護られた封印が解け、全裸のミチが……あら、光の帯に包まれて、ピンクジャージ姿になって転び出た。でも、素肌に着るジャージは着エロめいていて、僕に駆け寄る姿がけっこう尊い。
僕は両手を広げ、ミチを抱きしめようと身構えていたのだが――
「立って! サクライ君っ!」
あれええええ? ミチは僕を通り越し、身体が半分になったサクライのそばにひざまずいた。そのまま唇を唇に寄せ……キスした。
は? だから僕は、NTRはNGなんですけど??
その瞬間、月の裏側はもう一つの太陽のような輝きに包まれた。サクライの失われた身体が再生していく。あまつさえ、邪悪に染まったその魂までもが浄化されるのが分かった。
「ちょっと待ってよミチ、これ、どゆことーっ?!」
開いた自分の両手を見つめて、白くなったサクライが佇み呟いた。
「これが、本当の俺なのか……ありがとう、ミチさん。そしてサチオ……すまなかったな。あと――俺は女は、好かん」
とかなんとか言って、新生サクライは熱い視線を僕に向けてくる。重い。
「良かった、二人とも。これで仲直りだねっ」
そう言ってミチは、僕とサクライの手を取り、握り合わせた。じっとりしてる。サクライの鼓動が、僕に伝わる。なんかドキドキしてきたけど――
「見て、二人ともっ! 地球は今、本当の敵を迎えようとしているの……っ!」
ミチが叫んだ。そして宇宙を指さした。
何かが、現れようとしていた。それは虚無にも似た何かだった。だが、もっと巨大で異質な、人類の発声器官では発音不能な音でしか表現できない、忌まわしくおぞましい、真に未知なる恐怖の化身、冒涜的でありながら淫らに揺れ、あらゆるモノをその横を通りすぎただけで堕落させる、悪の中にあって最も邪悪な、触れてはいけない、しかし触れることに抗えるものはわずかしかいないだろう魅惑と、絶望と、希望と、大いなる厄災と形容する以外に言葉を持たない存在――宇宙の深淵から現れる邪悪の生命体、コズミックエンペラーXが率いる、それは外宇宙の神々の軍団だった。
知らず、僕はサクライと肩を組んでいた。じっとりしている。
「昨日の敵は」と、サクライは言った。
「今日の友っ!」と、僕は答える。
「俺たちの」
「僕たちの」
「「戦いはこれからだ!」」
虚空に向けて叫ぶ。これは奴らへの、闇の神々への、宣戦布告だ。
アトランティスの女神、全宇宙の真なる光の存在たる、タカミザワノミチノミコトの名のもとに、僕らは戦う! これからも、永遠に! この地球を守るため――
だがしかし。
ミチには秘めた、未知の狙いがあったのだ――
〈完〉
【カクコン11短編】『ミチとの遭遇』 まさつき @masatsuki
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