明々と光る【ホラー短編】

冬野ゆな

明々と光る

 少し街中から外れたところの、古いアパートに住んでいたことがある。

 当時の俺は、大学時代から住み続けた思い入れのあるマンションを出ようと決意していた。勤務先の印刷会社が少し遠かったのもあって、近くて安いところを探していたのだ。

 半年ほどかかって、見つけたのがそのアパートだった。

 

 周りにあるのは地域のスーパーくらいで、コンビニや遊ぶ所もほとんど無い。一番近い駅までも自転車で15分。外観はいかにも昔のアパート然として、手すりや階段もあちこち錆びていた。しかし中だけはリノベーションされていて、風呂トイレ別で洋式だし、床も張り替えられ、面影といえば荷物入れの中くらい。住むにはちょうど良かった。

 すっかりここに決めようとしたところで、仲介会社の人間がおもむろに尋ねた。


「そういえば、帰りが遅くなったりとかはありますか?」

「どういうことですか?」

「実はここの大家さんが、深夜にバタバタされるのを嫌いまして。帰宅時間や、出勤時間が深夜の1時や2時を過ぎるようでしたらお断りしていると」


 なるほど、大家か。

 とはいえ、ちょっとまずいな、とは思った。

 俺の担当は製造だ。要は実際に機械を動かす方だ。普段ならまだしも、繁忙期になると帰宅が遅くなることもある。

 しかし、ここの安さは惜しい。


「忙しい時はありますが、それほど遅くはならないと思いますよ」

「そうですか。どうしてもという時は、表側の道から帰ってくださいね。裏手側だと音が響くので」

「わかりました」


 裏手側から帰ることなんてそうそう無いだろう。

 俺は深く考えずに、契約を進めた。


 部屋はアパートの二階だった。

 ちょうど部屋の窓の向こう側が、裏側の道になっていた。ここが深夜は通るなと言われた道だ。アパートの向かい側には、畑なのか放棄地なのかわからない空き地が続いている。隣家まで幅もかなりあって、確かにこれなら必要以上に響くのかもしれない。


 ――これならカーテンもいらなかったかな。そんなことはないか。


 カーテンを取り付けながら思った。

 それに、音よりも窓硝子の方が少し気になった。

 窓はワイヤーが入っていて、かすみがかっているタイプの硝子だったのだが、その分、夜に車が通った時には赤や白の光が妙に明々として見えたのだ。二階だから車が通るのは下の方だが、最初は何の光かと思ったくらいだ。

 むしろ一階の方が石垣がある分、まだマシだろう。

 とはいえ、それ以上に問題があるわけではなかった。


 少しするとアパートでの生活にも慣れてきた。

 繁忙期まで時間があったし、遅くても8時か9時には帰宅する生活を送っていた。朝も早いため、0時になる前にはぐっすりと寝てしまう。そんな生活を送っていた。

 そんなある時。

 新作ゲームの発表で、深夜の2時くらいまでゲームに熱中していた。


「やべー……」


 さすがに大学生の頃みたいに、徹夜や深夜遅くまでプレイすることはできなかった。そろそろ寝ないと明日に差し支える。ゲーム機を充電させながら、寝る準備をしようとしてふと気付いた。


 ――ピーッ、ピーッ。ピーッ、ピーッ。


 外から機械音がしていた。

 車のバックしてくる音に似ている。

 それどころか、外からは赤い点滅が妙にはっきりと窓を明々と照らしていた。

 赤い点滅に、この音。間違いない。


 ――なんだよ。


 こんな時に限って車が止まっているらしい。

 住人でもなければ、車が通ることもあるか。

 それにしては妙に音が響く。確かにこれなら、大家も気にするだろう。

 中途半端に開けていたカーテンをぴったりと閉めると、赤い点滅は見えなくなった。微かに「ピーッ、ピーッ」とバックしている音だけが響いている。それとも、バックの音じゃないのか。そう考えているうちに、疲れが出たのかウトウトとして、布団に入るとそのまま眠ってしまった。

 翌朝起きて窓を開けてみたが、それ以上何もなかった。


 その音は、稀に深夜の裏道から聞こえてきた。

 最初こそ気付かなかったが、どうもこの時間になると裏道を通ってくる車があるらしい。たまに遅くなったときに、「ピーッ、ピーッ」という音と、明々と光る赤い点滅が続いていた。そうそう深夜に寝ることもなかったし、俺はまったく気にせずにいた。

 

 それに、深夜2時は社会人になった俺にはどうにも遅すぎた。

 ただ――仕事の方はそうもいかなかった。

 繁忙期になると、途端に社内はフル回転し始めた。

 夜勤からはなんとか逃れたが、それでも通常の帰宅時間よりは大幅に遅れ、ついには深夜の1時をまわって、家に帰り着くころには2時近くになっていた。真っ暗な道を、自転車で走る。


 ――あ、そういえば、こっちの道……。


 夜に通るな、と言われた裏道だ。

 しまった。こっちからだと近道だったから、つい裏道に入ってしまった。

 とはいえ大家も見てはいないだろう。さっさと通り過ぎて、道を曲がってしまえばいい。


 そう思ったときに、赤いものが明滅しているのに気付いた。

 車の位置ではなかった。もっと高い位置だ。強いていうなら、二階くらいの位置。ちょうど俺の部屋の、真ん前くらいだ。


 思わず、自転車をとめて降りた。

 カラカラと自転車を引きずっていくと、電柱の影に誰かが立っているのが見えた。遠近感が狂ったのかと思った。なにしろそいつは妙に背が高くて、3メートルはゆうに超えていた。痩せていて、妙に長い手足がだらんと垂れ下がっていて、少し猫背になっている。

 途端に、体の芯がぞくりと冷えるような感覚があった。全身の毛が逆立ち、ぞわぞわと虫が這いずるような感覚が全身を襲う。

 どうしてそいつを、視界に入れてしまったのか。

 そいつの顔は無く――顔面が硝子をはめ込んだテールランプのように明々と光っていた。明々と――ほのかに空間に滲むように――顔の代わりに、赤いランプをはめこんだみたいに。


「ピーッ、ピーッ。ピーッ、ピーッ」


 機械音は、そいつからだった。

 そして、ちょうどそいつの顔は、俺の部屋の窓を見ていた。

 

 俺はそれからどうしたか覚えていない。

 即座に引っ越しを決めると、もはや金額など関係なくすぐさま荷物だけ移動した。二重家賃になってしまうがかまうものか。それから二ヶ月間、俺は前のアパートの家賃だけを払い続けた。


 この話には、まだ後日談がある。

 ようやく件のアパートの解約のために、最後に仲介会社を訪れた時だった。

 いろいろと解約のための手はずが終わって、鍵を返すだけになっていた。そそくさと帰ろうとした俺を、仲介会社の人間が呼び止めた。


「ああ、ところで……」

「はい?」

「目が合いましたか」


 仲介会社の人間は、こっちに目を合わせないまま聞いた。

 頭から急に血の気が引いたみたいにふわふわした。


「目が合いましたか?」


 妙にゆっくりと、確かめるようだった。


「……なんの話ですか」


 カラカラになった喉から出たのはそれだけだった。


「……そうですか」


 そのとき微かに、舌打ちが聞こえた。

 それ以上なにも聴けなかった。


 あそこで事故でもあったのかとか、何があったのかとか。

 目が合っていたらどうなっていたのか、とか。

 あいつ、目があったのかとか。

 俺は頭の中でパニックになりながら、なんとか家にたどり着いた。


 もうそのアパートは取り壊されてしまって、もう存在しないが――その仲介会社はまだ存在している。

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